ひゅん、放たれたクナイをひょいと交わしてそれを投げてきた刺客に同じように、投げられた物を返してやる。そうすると肉に刃物が勢いよく突き刺さる音がした。びちゃり、血が滴る音もするのであたったという喜びからわたしは自然と口元を綻ばす。大体において我が主、ザンザスの命を狙おうとはなんという阿呆であろうか。あのお方はわたしの中の絶対的な存在であり、我が君を奪う権利など誰にもない(あるとすればわたしだけだ。わたしの中のことなのだからわたしが決めても誰も文句は言わない)
とにかくどこの莫迦だろうと思い、死体確認もかねてひょいと暗闇を跳ねれば先程、投げたクナイの方向から突然のご挨拶。前回よりも早く放たれた刃物は風を切ってわたしの肩を掠める。ビリっと痛みが神経を伝ってわたしの脳に送信されるがそんなことで怯んでいたらこっちがやられる。だがそちらの方がおもしろい。城の瓦を蹴り上げて標的のもとへと走れば相手も簡単に死ぬのを拒んで武器を手にした。歯を食いしばって太刀を抜いて、標的の喉笛を勢いよく裂いた
くそ、返り血を浴びてしまった。死体をいつもどおり処理してべたべたする身体のまま城内に戻り誰もが夢の世界に溶ける時間だというのに廊下をぺたり、歩く。すると目の前に手燭を持った、同じように城で育ち同じように主に仕えるために生きてきた銀が現れた。それは立ち止まってわたしの姿を見て顔を顰める。そんな態度をとるくらいならわたしなんぞ視界に入れないでそのまま歩を進めればいいのに。忍びとして敵の同業者を斬り捨てただけだ。仕事をしたのにそんな顔をされる覚えなど一つもない
「また殺したのか」
「見れば分かるだろうスクアーロ。それが忍びとしての、わたしの務めだ」
言えばそうだよな、と顔を伏せる。なぜお前はそんなに辛そうな顔をするのだ。わたしは人を殺してでも主であるザンザスを、この城を護るのだ。そのためには女だからだとか、人を殺すとか。そんなのどうだっていいことなのに。スクアーロがこういう風に目を伏せるのを見てわたしの決意はいつも揺らぎそうになる。何故か、わたしがこの銀を蝕んでいる気がしてならない(実際、スクアーロの顔が曇るのだから蝕んでいるのと同じだ)
「どうしてお前はわたしが人を殺すと哀しむのだ」
問う。率直で純粋な疑問をオレンジの揺れる火を浴びてキラリ、輝く銀に問うた。さすればスクアーロは苦しそうな顔をした。眉をよせ、瞳を少し大きくしてはっ、息を吸うのだ。この男は城内で実戦経験が一位か二位なのだからわたしよりも多くの人間を刀の錆にしただろうに。わたしよりも哀しむべきはお前だろうスクアーロ
「そりゃあ・・・おまえのことが心配だし」
伏せられた瞳はわたしをしっかりと捉える。揺らいでいた銀はその瞳に手に持っているオレンジの炎を宿らせる(だがわたしが心酔しているのはそんな正当性に溢れている炎の揺らめきではない)
「おれ、お前を失いたくないんだ」
相手を倒してもいつ、お前だって同じように倒れるか知れたことではないのだぞ。それなのに、それなのに心配しないでいられる筈がないだろう
「だがそれはスクアーロ。あなたも同じことだ。戦に出向くときにわたしはあなたが帰ってくるのか・・・」
それ以上を言おうとしたがやめた。なにが、なにが心配だ。心配されても死ぬときは死ぬのだ。誰が何を思っていても敵は突きつけた刀を退くことはなく、迷いなき刃でわたしの身体を貫くだろう。もう、やめてくれこれ以上わたしをおかしくするな
「失礼する」
通り過ぎるときに金木犀の、香りがした。わたしが幼少のときに好きだとスクアーロに教えた花だ。覚えていてくれたのか、思って自嘲する。いつの間にわたしはそんなに自惚れるようになった(ただの、ただの偶然だ)
主であるザンザスのもとに行くと障子からはうっすらとした灯りが洩れていて彼はまだ、起きていることを告げている。失礼します、言ってからすらっと戸を開ければ布団の中に入っていると言えばそうなのだが目はしっかりと開いて文字を見ている。白い浴衣を着て灯された燭台の上にある炎は小さいものだが主が寝転がって読書をするのには困らないらしい
「殺したか」
「はい」
「処理は」
「滞りなく」
形式ばった会話をする際にも心が躍る。目の前のお方は絶対的存在。わたしの中でなににも増して優先するべきであり、神々しい存在なのだから側に控えられるだけでも素晴らしい、身に余る光栄だ
「肩は」
短く告げられたその言葉と向けられた赤い瞳に言われた部位を見れば確かにそこからは刺客が放った刃物のせいで傷つけられ血が流れて少し赤黒い肉がドクドクと脈を打っているのが見える。手当てをしなければ膿んでしまうだろう。だがいまは我が君であるザンザスの御前なのだ
「ちかくに」
ザンザスは笑った(だがその中に温度は微塵もない)愉快そうに、赤の中にあるどろりとした炎がゆらり、揺れる。だが血塗れのわたしなんぞがちかくに行けば間違いなく白い浴衣も布団も汚れてしまうだろう。躊躇っていると眉間にだんだんと皺がよってきたので慌てて腕を近づければ届くだろう距離まで行く。指でもっと近くにと合図され側に寄ると手を握られる。突然のことにドキンと跳ねた心臓を他所にザンザスはぐいと自分のほうにひっぱる。肩の傷が再度悲鳴をあげて痛みに呻きそうになったが主の御前である手前、唇を一文字にきつく結び、歯を食いしばることでその失態は免れた
「ああ、少し深いな」
言ってザンザスは布団からのそり、出ると職人芸が余すことなく使われえいる棚の方へと出向いて白い清潔な箱を手にしてきた。細く、綺麗でありながらも骨ばったその手がとても好きだ。それがカチリ、箱を開ければ中に入っていたのは簡単な処置道具
「少し沁みるぞ」
宣言する前に薬品が染み込んだ布をわたしの肩に押し当てる。軽い熱を帯びていただけの傷口は熱く、燃え盛るような温度を放った。思わず悶えそうになったがきつく唇を噛み締める。つう、血が流れてきたがそんなのは知らないし今はそれよりも声をいかにあげないかが問題とされているのだ
不意に。傷のない方の肩を掴まれてそちらをむけば重なる唇と唇。突然のことに呆然と、頭はまさに目の前の主が羽織る白い浴衣同然、色を失ってしまった。ちゅっちゅ・・・口付けをしているときに聞こえる、あの水音が聞こえてはっと我に返る。あまりの事態に狼狽するがこんなときだけ女を振りかざしてわたしはその部分に甘える。口内に侵入してきた舌は熱を帯びていてざらりとしていた。忍びという職業柄、標的となる男を色を使って油断させてから殺すなんていうのは結構、ある。その際にこういう展開も度々あったがその中でこれほど巧みでわたしのこころを揺さぶるものがあっただろうか
離される唇が名残惜しい。目の前の男のことしか頭の中には入ってこない(肩の痛みなど気にしている余裕もない)
「」」
名前を呼ばれてぼうっとする頭でもしっかりと返事をする。頬をゆるやかに撫でられてこの人のためならばどんなことでもできると確信する
「お前は誰のものだ」
「我が主、ザンザスの」
先程、触れ合ったそれは綺麗な弧を描く。その微笑する顔はとても整っていている。非の打ち所がない完璧さである
「そうだ。だから勝手に傷つくことも死ぬこともお前には許されない。その権利などお前にはないんだ」
わかったか。告げられた言葉はわたしの中に溶け込んで二度と手放されることはない。そうだ、わたしのこの血管一つまでもがこのお方の物だ
「はい。わたしのすべてはザンザスのものです」
主しか見えなくなってしまえばいい。この目に映るものがザンザスだけになればいい。この男が望むことを叶えるのがわたしの務めなのであり生きる意味なのだからスクアーロの言葉や行動に揺れるようなのなことではいけないのだ。この世界には無駄なものが多すぎる。ザンザスとわたしだけになってしまえばいいのに。すべてが枯れ果ててそこにわたし達だけが存在すればいい
既にわたしという存在はなくザンザスの意思のもとに動く屍と化した自分に帰る場所などはないのだから、せめていまだけは頬に触れられているひいやりとした指に甘えていたいと切望する
枯渇に夢見るアンデッド
con amore BOSS様に提出させていただきました!パロでスクアーロ出張ってたりですがねっちょり愛だけは詰まってます。素晴らしすぎる企画です。参加させていただき、ありがとうございます!
07.02.07銀狐