ぼんやりしながら今は何時だろうか、現在の私の状況下から考えてとてもどうでもいいこと、所謂、雑念を抱きながら最後の標的を見据えた。愛する彼と同じ黒髪の男。年はまだ二十代前半と見た。まだまだ自分には先がある、未来がある、そんな確信もない想いが頭を埋め尽くしている、顔だ(勿論、愛する彼はこれぐらいの時もそんな、表情したこともなかったが)
馬鹿にしないで欲しい、標的であるお前にそんな未来があるわけないだろうに。後ろの扉から味方でも来て私の頭に鉛玉の一つでも撃ち込んでくれるとでも思っているのか。夢は死んでから見てくれ、さらば。私はカチカチと銃弾も入っていないのに人差し指を懸命に動かすそいつの首をするっと刃物で撫で上げた

普段ならマナーモードの携帯を手にとってみる。時間を確認して、ため息。別に任務遂行まで掛かった時間を見て落胆したわけじゃない。むしろこんなに雑念抱いててこのタイム。自分自身によくやったと言ってやりたいくらいだ。それなのに私は時間を見てこんなにも陰鬱な気分になっている。・・・何故、任務中に携帯をマナーにもしないでいたのか。それにはきちんとした理由がある


それはカフェで軽い朝食を済まし、任務内容が書き込まれた書類を頭に叩き込んでいる時だった。向かいに座る友人の携帯が鳴った。それを聞いた瞬間、同じように書類へと目を通している彼女が一気に顔を綻ばせ、慌てた様子で電話を手にする
明らかに恋人との甘い会話。彼女は本当に、幸せそうに椅子から立って「ごめん!」と言い残してその場を後にする。その後姿のなんと羨ましかったことか。白状しよう、私は恋人から携帯に電話してもらうことに強い憧れを抱いている。一度でいい、一度でいいのだ、恋人から携帯に電話を貰い、ああやって幸せそうな表情になってみたい。伸ばしたセミロングを優雅に靡かせて微笑む、一度でいいのだ
私の恋人、ザンザスはヴァリアーのボスだ。そんな人間と私がどうして恋人同士になったのか、それはまあ、十年前に彼から私に付き合って欲しいと言ってきたのだが・・・話が逸れた。彼はとにかくボスなんて座についているのでそりゃあ忙しい。フリーで殺しをやっている私とは違うのだ
フリーの殺し屋といえばお気楽、自由、なんて印象が強いようだが。実に不愉快である。フリーということは一人で全てをこなさなければならないということ、となれば客を得るまでに相当の努力を要する。正直、どっかのファミリーに所属していた方が楽かもしれないと思った事なんて腐るほどある
しかし組織の頭をやるとなれば部下の仕事を割り振ったり、報告一々見たり・・・とにかく忙しい。考えただけでも面倒だと思う。そんな彼はいつだって私といる時間を作ってくれる。時には私の腕を買って仕事を依頼してくる、なんと光栄なことだろうか!
ザンザスは今まで男性経験もなくひたすらに鍛錬と仕事をしてきた私にとって初めての異性であり、人生でここまで人を愛する事は二度とないと思わせるほど良い男だ。
だが、彼は私の携帯にこの十年間、電話をしてきたことがない。いつだって一言、二言の必要な内容だけの言葉が綴られたメールをしてくる。はっきり言って、物足りない。どうしてこうも私に電話をくれないのか、一度、冗談交じりで聞いて見たことがあるが返事は「に会った方が早い」だそうで。確かに会ってくれることは嬉しい(私も彼に少しでも会いたい)しかし私だって恋人から電話くらいもらいたい。一度でいいんだ
そう思い、私は頼んだコーヒーを飲み干すとザンザスへメールを送った。内容は実にシンプル!今日、時間が空いたら電話を頂戴、それだけを綴った


そして冒頭に戻るわけだ。はっきり言ってもう半ば諦めながら任務中も携帯を黙らすことなくそのままにしておいた。今回の任務、別に舐めてたわけじゃない。むしろ気を引き締めて行った。一瞬で終わるようにした。携帯が鳴ったときのことだって念頭において綿密に計画した。それが、まったく鳴きもない。頭が痛くなるような臭いの部屋を後にして私は帰路へと足を進ませた
街灯だけ灯りが灯っている。どの家も既に明かりがついているわけもなく、静寂という布を被せられた冷たい街。一つ、欠伸をしながらザンザスは今、何をしているだろうと思考を巡らせた。まだ仕事をしているのだろうか、それとも既に終わらせて馬鹿でかいベッドで眠っているのだろうか。あんなメール、送らなければよかった。なんだか次に会うのが、気まずい
突然に鳴りだす携帯。ザンザスの着信音だけワーグナのー結婚行進曲にしてあるので間違いなく彼だ。静寂という布が私の携帯によって吹き飛ばされる。あまりに静かなこの街にこの音楽はあまりに不釣合いで私は慌てて電話に出た
「も、もしもし!」
緊張して声が随分とでかくなったのはご愛嬌だ!






午前3時に電話が鳴る

(いま仕事が終わった、なんていつもの声が受話器越しに聞こえて)
(私もいま終わったの迎えに来て、今日は貴方の家で泊まりたいなんて我侭)
(それなのに何処にいる、迎えに行くなんて!私は最高に幸福に満ち溢れた顔でいることだろう!)




どうしようもないくらいの愛を企画「amore!」様と十年後のボスへ
081026銀狐