ぼんやりと見上げた空はいつもと同じようにただ広がるばかり。浪漫なんか感じられるわけがない



誰もいない自宅に帰ると今までの癖でつい、ただいまと言ってしまうことに自己嫌悪。まだひきずっているんだね、言われれば返す言葉も見つからない。明かりがついている筈の部屋は真っ暗、ただブルッと体を震わせる寒さに胸が痛かった

「白蘭、あなたが言うことはいつも突拍子がないわ」
翌日になれば現状なんか何も変わらないまま時が過ぎていく。哀しさを紛らわせたくて正一にじゃれていたら(彼はとても優しいから私の哀しみに気付いてくれてるんだろう)白蘭からの突然過ぎる召集。厭味もいくつか言ったが笑われただけだった。折角、いるのも辛いイタリアから日本へ渡ったのに意味がない。勝手に切れた無線にイライラが募ってうなだれているとやっぱり優しい、正一が頭を撫でてくれる
「いい子だから」
本当は行きたくなんか、ない。だけどこんな風にされたら私は優しい幻覚を見て、甘えたくなる。今頃、どうしているだろうか。どうして私はいま、ホワイトスペルにいるんだろう


本部に戻る飛行機の中でぼんやりと小さな窓に移る海を眺める。そういえばディーノも海が好きだった。そして…ザンザス。彼も海が好きだった。塩の香に目を細めて暗い水面を見つめる表情がどうしようもなく好きだった。風に靡く羽飾り、前髪を掻き上げる仕種が好きで何度も見入った。彼ほどに髪を掻き上げるのがキレイな人を私は知らない
どうしてこうなったんだろう。ホワイトスペルの頭になった白蘭に突然、交渉を持ち掛けられたんだっけ…
が僕の元に来るならボンゴレ狩り、少し間ならやめてもいいよ」
彼はそう、言った。つまり、攻撃をしない間に逃げるなり戦闘の準備をしろと言うのだ。私はその交渉に乗った。だって、ウ゛ァリアー本部の近くまで進撃は来ていた。ザンザスが傷付くのはもう見たくない。十年前の戦いで、いやもっと前から彼は傷付いてばかりだ。これ以上、何故彼が痛みを知らなければならないのか。自分がボンゴレファミリーを裏切って、みんなが逃げることが、時間が稼げるなら文句の言いようなんかない。学生時代から白蘭とは親しかった、ホワイトスペルに入れて私を助けてくれるつもりなのだと旧友の正一に言われ、泣いた。流れた涙に、自分の気持ちに、嘘なんかなかった

だけど、ブラックスペルの進撃は止まずボンゴレ本部に痛手、キャバッローネも相当やられた。直前に密偵を放ち私はボンゴレに危機を知らせたが聞き入れてはもらえなかった。ただウ゛ァリアーだけは撤退をし、おかげでなんともならずに済んだ。それを聞いてザンザス、ウ゛ァリアーのみんなだけは私を信じてくれたのだと思うとまた泣いた



空港から出て眼前に広がったイタリアは変わっていなかった。町並みも、人もみんな変わってない
っ!」
「白蘭?!」
白いリムジンから出てきたのはいつものように飄々とした笑顔でこちらに走ってくる白蘭だった
「ちょっ!まだ危ないんだよ外に出たら!それに仮にもボスがこんな…」
困惑する私を余所に彼はとても機嫌がよさそうに、鼻歌でも歌い出しそうな顔で勝手に話す
「ねぇ、はボンゴレに未練タラタラ?」
「…なに、突然」
表情が自分でもわかるくらいに豹変した。ああ、癖っていやだなぁ
「そうそう、はウ゛ァリアー幹部だったよねー。暗殺者としていい表情が出来てるよ」
何が言いたいのか理解が出来ない。白蘭はこうやって唐突に私を困惑させる、楽しんでいるのだろうか
「あれ、なにか分かる?」
親指をくいっと後ろに向けたので私はそちらに視線を向けてひっ、息を呑んだ。暗殺者なんかじゃなくてただの女が紡ぎ出す哀れな声だった
「ザンザス…!」
何も考えないで、いいや考えてても体は勝手に動いたに決まっている。つんのめって転びそうになったけど私は彼のもとに走った。ホワイトスペルの制服を着た男が二人、腕をがっちりと掴んでいる。気付けば左の男の眉間に銃弾を一発、右の男の腕に噛み付き、腕を食いちぎっていた。顔に熱い血がべちゃっ、音をたてて付いたが気にしない
「ザンザス、ザンザス !」
叫びながら肩を掴んで思いきり地面を蹴った。後ろを振り返っている時間なんかない、その一瞬で私達の生死が決まるのだ
「絶対に貴方をこんな目にさせたくなかったのにっ…!」
車道まで来ると黒い車がものすごい勢いで目の前に止まる
「早く乗れぇっ!」
開かれた扉にザンザスを真っ先に入れた。ぜぇ、息をついている暇なんかない。早くしないと


パンっ


音が聞こえたを無視した。これから少し間を開けて激痛が走るだろう。その前に車内にザンザスを転がり入れてドアを全力で閉めた。それとほぼ同時にザンザスと目があった

時がとまったように思えた
ごめん、もうこれ以上誰かを裏切れるほど私は器用じゃないんだ
車はゆっくりゆっくり動き始める。ごめん、あなただけでもにげて


「このっ…ドカス!」
瞬間、時間が動き始めて気付けば首根っこをザンザスに掴まれていた。車の扉は開かれて、白蘭の方を向いていた私は確かに拳銃を持った彼の、あの飄々とした顔を見た


呆然としている間に時間は動いていた。私がきちんと脳を働かせている時にはザンザスが足に自分のシャツをちぎって縛り、止血をしてくれていた
「このドカスっ!てめーミルフィオーレに寝返ったか?!死ぬ気だっただろう!?あぁ?!」
あまりの剣幕に肩をびくっと跳ねさせて、私らしくない。ただ頭の中は整理がつかなくてぐちゃぐちゃ。なに、よくわかんないよ
「…誰も、少なくともウ゛ァリアーの中にはお前が裏切ったなんて思ってるカスいねーよ…そこにいるカスさえ、お前が望まないであいつの元にいたことくらい分かってる」
「誰がカスだぁ!ったく…、白蘭はなぁ、お前くらいの幹部がボンゴレを、ザンザスと離れたことで内部の混乱を狙ったんだ。まぁ…当のウ゛ァリアーボスさんはケロッとしてたがなぁ…」
くくっ、喉で愉快そうに笑うスクアーロを見て自分は保護されたのではなかったことが理解できた
「このカス…」
口元に親指の腹があてがわられて血を拭われていることがわかった
「えっと…あの…」
怖ず怖ずと発言すると指が離れていった
「よくわかんないけど…私、ウ゛ァリアーに帰れるの?」
「そういうことだな。長期任務ご苦労」
抱きすくめられた時に車内に重なる影は、なんとも言えぬ弱々しさがあった