ザンザスが九代目の氷の呪縛から解放されたと聞いて喜んだ、ように見せるために泣いてみせた。内心は舌打ちの嵐、ちくしょう



手に入らないなら最初からいらない、私のスタンス。恋愛ドラマも小説なんかも大嫌い、どうせ主人公は愛する人と甘く、とろけるようなキスをして抱きしめあうんでしょ?そして白のドレスを着て赤い絨毯を腕を組んで歩くの。そんなこと妄想の世界でしか有り得ないと言い切れる私がいる。どうせ祝福される二人を喪服を着ながら見ているのがお似合いの私だもの


好きな人は勝手に眠りについた。八年、私は泣きながら生きてきた。どんなに慈しんでみてもあなたには届かない。手に入らないあなたを見て私は想うようになった。凍らされてる時は何も言わずにそこにいてくれてる。私を罵らない、傷付けない、まさに理想としたザンザスがそこにいた。初めはこんなことをした九代目を憎いとさえ思ったが今では逆の感情で溢れてる。私は理想とした人を手に入れた。冷たい肌に私の手をおけばあんまり冷たいのでぶるっと身を震わせた
「冷たすぎるのよ、アンタ。私の手が冷え切ってしまうでしょ、このバカザンザス」
返ってきた反応は静寂。虚しいくらいの、静けさ。こんなこと、いつものザンザスに言ったら殴られるだろう。蹴り飛ばされて部屋から閉め出されるんだろう。やっぱりアンタは静かに凍り、眠ってるのが似合いなのよ。なのに何故か私の中に残る疑念。それはあることだけで私を悩ませる。私にとってそれがとても腹だたしくて仕方なかった

だけどザンザスが目覚めたと聞いて、さらに残っていたものは姿を大きくした。自分ではわからないものが自分の中を多く占めている。堪え難い苦痛。何故か消えてくれない、このわけのわからないものを早く消してしまいたい。何故かコイツは焦燥感を募らせる

いつも通り、地下を歩き理想のあの人のもとへ。ボンゴレの人間でも此処に来ることを許されているのは九代目と私だけだが、もう一人がこの場に来た形跡など一つもない。私と愛する人が会える場所、誰にも邪魔されない神聖な場所。暗闇の中、幾層にも張られた氷の壁は美しく、微弱ながらに輝く。それはまるでザンザスの放つ光にさえ思えた。私が唯一愛し、信頼し、ついてきた男はあまりに完璧すぎて美術品のようだった。彼に会う、私の大きな喜び。闇が広がる廊下を通り、階段を降り、重い扉を開ければいる。いるはずなのに。輝く彼はいなかった。ただ愕然と立ち尽くし、彼がいた場所にふらふらと近寄る途中、いくら目をこらしてもあの人はいない。その事実に私は足を掬われへたりこんだ
全ては終わりを告げた、彼が氷の牢獄から解放されてしまった。その事実はどんどん量を増し、私に覆いかぶさってくる。堪えられなくなって地に頭をこすりつけて拳を握りしめた。堪えられない、何故、なぜ私は…
「こんなにもくるしいの…?」
破裂した、名前がわからない靄。なんでこんなに涙が溢れてくるのよ

声も無くして号泣していれば突然に与えられた腹部への激痛。いきなりのことに私は思わず情けない声を出す。濡れにぬれた顔で咳込みながら加害者の顔を見て、またも視界が揺らいだ
「よぉ、随分ときたねぇ顔だな
赤い瞳は私を映し出す。にやりと笑う彼を見て確信する私。彼は人を殺すときにこんな顔をするのだ
、これから起こることへの覚悟は出来てんだろうな」
腕を掴まれ、きっと私は灰になるんだろうと胸中、ひそやかに思った。なのに、涙は止まらない
無理矢理に立たせられ、静かに涙をほろほろと零した。殺されることにではない、もう十分なんだ。私は愛する人を手にできなかった、こんなに側にいながら…それが悔しくて仕方ない
「ゆりかごを知る者はすべて、死ぬ」
笑いを含んだ声を聞いて、恐怖なんかよりも幸福感。楽しいのね、ならば私も幸せよ
「私ね、いま、とっても幸せよ。だから、この気持ちのままはやく、ね?」




さようなら