過去からの脱却が未だに出来ぬ自分にいっそ殺意さえ生まれる。何故、どうして。答えなどないのにひたすら廻り続ける。いい加減飽き飽きだ



見下す。いや、これでは言葉が悪い。下に視線をやった、こちらの方が聞こえがいい。這いつくばって私の顔色を窺う男を爪先で突いてみた。そら、すぐ恐怖で染まった
「…こ、殺すのか…」
震えながらこちらを見てくる男を視界に入れることにつまらなさを感じた
「どうされたいと言うのだ」
人の命を狙っておいて(しかも薬を飲み物に混ぜるなんて随分セコくて浅はかな策だ。私の身体は対暗殺訓練を受けて毒に慣れている)
あっさり殺されるんだ。感謝しろ、喜びを顔に示せ。爪を一枚、そら一枚と剥がされるような拷問に耐えることも、そのおかげで頭がイカれることもないのだ
「ばーい、おじさん」



「また殺したのか」
なんとなく肌寒い、私は小さいくしゃみを一つした
「ザンザス、ティッシュ」
ん、手を伸ばせば闇に紛れて吐かれた彼の溜息が溶けていった。あ、まだ息、白くなるんだ。思いながら投げられたティッシュを受け取る(しかも高級保出性かよ)
「服に血が着きすぎだ、少しは気にしろ
鼻をかんで側にあったごみ箱にちり紙を投げる
「アクセントになってちょうどいいと思うけど」
未だに未練がある。未練があるからザンザスからのクーデターの提案に乗った。ボンゴレ内でも九代目の傍に以前からいる私の見解ではどうせ負けるだろうけど、九代目がクーデターなんか鎮圧するんだろうけど(あのジジイには零地点突破が使える)それでも私がザンザスの誘いに二つ返事で答えたのは少しでも彼の傍にいたかったからだ。彼には婚約者がいるのに、馬鹿らしい、儚い幻想に期待をかけすぎだ
「まだ冷えるなぁ、うー…」
ザンザスが私のような少し九代目に近しい存在だからといって気を取られるわけがないではないか。十年前、共に愛を誓い婚約した夜のことなど彼にとってはつまらぬ余興でしかないのだろう。あぁ、星がムカつくくらいに輝いてる。まあ覚えているわけもない、十年も前の話だ(記憶にあるなら婚約など)


呼ばれて振り返ればなんだか温かい感触がした。まさか、抱きしめられている
「全部、終わったら結婚しろ」
「……はぁ?」
「作戦決行は明日だ。…これだけはお前に言っておきたかった」
「…だって婚約者がいるんだろう?馬鹿にすんなよ」
抱きしめてくる腕が力強くて温かい。そんなこと言われたら私は折角、女を被った暗殺者になりきれてたのに。また、弱くなる、やめろ、触れるなっ!
腕を思いきり伸ばしてこの男の抱擁から逃れようとした。だが逃れられなかった。代わりに頭上から盛大な舌打ちがされた
…テメーこそ馬鹿なことを言うなよ」
ザンザスが舌打ちをするなどあまりないことだ(そういった行動を彼は意外にも嫌うからだ)
「俺がどんな気持ちでいたのかお前、わかってんのかよ。勝手に婚約なんかさせられて。作戦に支障がないようにしたくもねーことした俺の…愛した女にそんなこと言われた俺の何がわかる
「…十年も前の話だ。愛した女ってことはもう他に」
次の言葉を吐き出すことなどできなかった。彼の瞳を直視して息がとまった。真っ直ぐに、私を見て。なんて辛そうに
すっ、と。屈んで首を噛まれる。犬歯が皮膚を貫いたのか、血が流れているのを感じた。いたい
「良いアクセントじゃねぇか」
ニヤリ、嗤う男の口からは血が着いていた
「…傷物にされた」
「そんなら俺が貰ってやるよ」
静かな闇夜に私の笑い声が響いた。なんてお互い素直じゃないんだろう、嗚呼、首が痛む
「…なに泣いてやがる」
ぎゅっ、離れた手が再び抱擁してきた。私はそれに逆らわずに、ザンザスの胸に顔を埋めた
「首がいたいんだよっ…」
彼は小さく「そうか」と言った。今まで聞いた言葉のどんな時より優しい響きを含んでいた

ねぇ、ザンザス。アンタは私の気持ちがわかる?十年も前の誓いをただひたすらに信じて気付けば風の噂で聞いた婚約の話。どれだけ辛かったと思う?それでもまだ、まだどこかで信じ続けて
ザンザスの瞳を見た。燃えるような赤い瞳が私を見つめている。前屈みになったザンザスの意思が伝わって背伸びをした。触れた唇は少し、しょっぱかった