愉快にも私達を繋ぐものなど十年前の記憶しかない。それがどれだけ私にとって寂しいのか、なんてあなたにわかってもらえるなんて思わない。茹だるような暑さが身を潜め、一時の限りある生命を存分に生きた蝉の声だって聞こえないけどそれは数週間前のこと、あなたは覚えているだろうか(覚えてなんか、いないわね当たり前ね、仕事にばかり感けているあなただもの)

絆なんて案外脆いものさ



ボンゴレ暗殺部隊はリング争奪戦の後、解散を命じられた。そんな重大なことをぼんやりと部下から聞きながら手元にある報告書を読みつつ「そうなんだ」と、自分にとって聞かされた情報がまったく興味ないもののように振舞った。部下の前で私は平静を装い、そうして上司の威厳を保つことをしなくてはいけない、何よりもそんな情報は自分で手に入れてた(仮にも私はマフィア幹部だ)それなのに、知っていたのに胸中に不穏でありながら静かに威力をただ増す波は、恐ろしい事実を記憶の中から運んでくるのだ
ザンザスと共にした時間は短いものだった。あの人はいつだって任務に出てばかりで私はそれをただただ手を振って送り出した。どんなに早朝の任務のときだって私は彼が起きるよりも早く起き出し、朝食をあまり食べないのを心得てるので簡単、それでいて栄養が少しでも取れるように料理を思案し作り、仕上げにとコーヒーを淹れるのだ。私がそうやってザンザスの世話をしているような錯覚に陥れるのがなによりも幸せだと、思い込んだ。だってとても嬉しい、共に在るこの時間こそが幸福だ、など言ってしまえばどんな顔をされるか想像するのは簡単だから言ってあげないの

ザンザスがいなくなった時間をただ仕事で埋めた。以前、唇を触れ合わせたあの人の部屋で、あの人が偉そうにテエブルに足を投げ出して書類を読んでいたあの部屋で。同じような格好をして仕事をしたらどうかしらなんて、考えてすぐに笑った。誰もいない、使われてもいない部屋に空虚な女の、惨めな私の笑い声が少しだけ響いた。どうしてあなたは此処にいないのだろう、どうして私はあなたのいた暗殺部隊が解散させられたのにこんな所で自分のちっぽけな事実に目を通す仕事をしているのだろうか
「カア」
あまりに予期せぬ鳥の声にそちらを振り向けば一匹の、雄々しい顔をした黒く鋭い目つきをした鴉がそこにはいた。窓はカーテンで閉められているし一体、何処からやってきたのだろうと疑問を抱きはしたがそんなことよりもその鳥が銜えている真っ白な封筒に目を奪われた。硬いであろう嘴にしっかりと挟まれた封筒、これに私は見覚えがあった。付き合い始めてすぐ、海外に長期任務へ行くことになったザンザスに私が便箋を手渡したのだ。これで手紙を書いてくれ、どんなに些細なことでも構わないからと強請って無理やりに渡した便箋
なにかを思案する前に鴉の嘴からするっと封筒を抜き取った。その間もこの鳥は微動だにせず封筒が私の手に入るのをただじっと見つめながら待って、両の手でしっかりと握り締める頃には背中を向けて扉まで誇らしげに広げた両翼を羽ばたかせて飛んでいった

だが私の頭の中はザンザスのことでいっぱいなので鴉一羽に思考を持っていかれなんぞしなかった。逸る気持ちのせいでビリビリに封筒を破き、中に眠っている手紙を引っ張り出す。端がきちんと合わせて折られており、そんな小さなことにさえ微笑まずにはいられない。しかし焦って封を破いたがいざ、文面を読むのかと思えばドキリと心臓が鳴った。自分の小さな鼓動を聞きながらゆっくりと見てみればそこにはいつもの筆跡、ちょっとハネてるけど、彼の字には一種の美しさなんてものが混じっていて、そんな文字一つ一つまで私は好きなのだ。文章に目をやってみれば「へ」と上に綴られており真ん中の、肝心の文章が何処にもない。下には「XANXUS」で締めくくられていた。先程の高揚は見る間に消え失せ、呆然と握り締めた紙を穴の開くほど見つめた。本当になにも書いていないのかと思わず裏にひっくり返してみたその時だった


「そういう姿は見せなかったな
求めていた低いヴェルヴェットの声に背筋がぞくりとして、勢い良く振り返れば扉に寄りかかりながらこちらを見つめ、今まで私の記憶に在ったザンザスが相好を崩して、そこに立っているのだ。これまでにそんな顔を見たことがなかったので内心で惚けて見とれていた。一瞬だけのそれはだがしかし、私にとってはとても長い時間に感じられた。本当に、こんな顔ができるんだな、私はこの顔を生涯記憶から消すことなんて出来ることもないんだろうなぁ、なんて。いま思うべきはそんなことではないのに
「ずっと俺の前じゃ毅然としてたがそういう姿も悪くねぇ」
言葉を亡くしたようにただ黙っている私に近寄って待ち焦がれた男が小さな私を頼りがいのある腕でしっかりと覆った。また身長、伸びたんじゃない?顔つきも前より随分と変わったし顔の傷だって増えた(傷が増えたってことはまた、危ないことをしてたんだね)だけど抱きしめるときの力強さは変わってない
「長いこと待たせたがこれからは一緒にいられる。会いたかった」
たった一言なのに。ザンザスはただ「会いたかった」一言だけ、たったそれだけを口にしただけなのに。それだけなのに押さえていたモノが全部、ザンザスにしがみつきながら、ひた隠しにしていた幼稚な勘定を語ってしまう。涙が一気にぶわっと流れて私はいま、きっと汚い顔をしてるんだろう
「もう何処にも行かないで。ずっといて、ずっと・・・!一人にしないで・・・」
しゃくりを止めたくたって止められない。自分のことなのに恥かしいったらない!ただ言葉が紡がれていくのだ、気丈に振舞っていたけどもう全てが音をたてて崩れてしまったもう修復なんか不可能なんだ。情けなく縋りついて傍にいてと懇願するなんて、でもお願い嫌わないで
「何処にも行かねぇ、行くとしてもを連れて行く」
言いながら十年前と同じように頭を撫でるその手に喉の奥からひゅっと小さく音がした。なんだか、ザンザスに全てを支配されているようだ。私の感情なんてあなたを前にしてしまえばこんなにも脆い!





Famiglia!!様に提出させていただきました!遅刻提出すみません・・・(平謝り)楽しい企画に参加させていただき有り難う御座いました!