窓の外から見える女はいつだってしとしとと、湿ったそこに血塗れですと云わんばかりの傘をひとつ、くるくるりと手の中で弄ぶ。その様、実に艶めかしいほどに俺の心を掴んで離そうとはしない。まったくもって、性質が悪いことこの上なし


紫陽花を手織り君はそこになほ



窓の外から見える女はいつも紫色の、紫陽花を象った簪をつけて雨の中をちょこんと、砂利道が壮大に見えてしまうくらいにちっぽけな存在で申し訳なさそうにその場にいる。存在をしようと呼吸を、白い肌で、白い顔でするのだ。だがその白さに不似合いな鮮血の赤が、口紅が逆に。長ったらしい睫毛は目を伏せればなんとも美しい。着ている着物を見れば黒に柄が黄金の川のようなもので。嗚呼、この女には似合いの柄だと煙管を口に加えながらぼおやりと外を見る(実際に見ているのは女なのだが)
晴れの日にこの場所に来たことはないし見かけたこともない。どこの女かも知れないしそんなことを知る必要もない。自分がこの、女が呆然とだかは知らないが特になにもしないで道の真ん中、誰も通らない淋しい通りに突っ立って憂いを帯びた表情で唇につけた紅色の傘を手の中で弄ぶのを二階の建物から見るのが逸楽なのだ。それがあの、名も知れぬ女に知られてしまえばおもしろくもなんともない。硝子窓には雨の雫がべとりとつく。それは一つではなく数知れないほどの量であり自分が数えようとしてもまた新たに増えるのだからその行動になんの意味があろうか。 その雫は音を付属させて降ってくるから、そのじめりと湿った感じが女の紅色の、艶やかな唇に似ているから。俺はこの女が雨のように思えてならぬ。女のべとりとした存在感が、云い様のないそれがやけに現実的に似ているのだ

それから二日して雨が降った。横殴りの、激しくて品のない雨であった。だがどうして、確かに女は存在した。違うところがあって敢えて挙げるとすれば白い顔は余程、白くなりすぎて頬が窶れているように見えるのは気のせいではない。紅色の唇は見るも無残な簪の紫と同色になっており、羽織っていた着物は防ぐ紅色の空を失い水分を含んでいる。綺麗に結われた髪は解放されて着物の黄金の川と同じように流れている。これでは見るに耐えない。女は通りを裸足で走っている。その後ろには漆塗りのぽっくりが二つ、跡を追うように空しく置かれていた
窓から視線を外して緑色の畳に転がって煙管を口に加える。どうしてか、べとりとした部屋でのそれはひどく不快に思えて気まぐれにもう一度、窓を見やれば雨は大量の雫を地上に叩きつけている。女はごろりと通りに転がっていて手には文を握り締めていた。手が真っ白になるくらいに。瞳を見れば泣いているのかそれとも雨に打たれて雫が目尻にあたっただけなのか
どうか分からぬままやはり、気分が悪くなった俺は煙管を口にした。べとりとした部屋でその肌に纏わりつくそれを吐き出される白によって苛む白を退かしてやろうと思い、窓を離れて下駄を履く
質素な階段を下りて通りに出れば雨はまだ先刻よりも収まっている。機会とばかりに倒れる女を上から見下ろすとひっしと握り締められた手紙になんとか読めるあたりにと書かれていてこれがコイツの名前かと推測する。その読み取れた名前を口にしようと口から濡れてしまった煙管を遠ざけると肌を侵食する白に直面して胸が熱くなった