暗殺部隊と名のつく職場において同僚で、恋人、それが私の立ち位置だ。今回の任務はスクアーロと二人で密会している二つのマフィアの幹部を暗殺すること。スクアーロは先に俺が行くからお前は援護しろ、と男の人の声で言った。わたしはそれに「うん」と返事をする。スクアーロと組むとほとんどが援護だ。それが悔しいわけじゃない、ただ一番最初に標的に切りかかる、銀色の髪をした彼は生き生きしている気がするので援護だとその表情がよく見えて好きだ。それになんと言えばいいのか、殺しをするときの彼の顔は貪欲な鮫に似ている。鮫の顔なんてどれも同じような気がするけれども、獲物を狙うときの目には明らかに血生臭さが滲む
先に飛び出したスクアーロの後を追って自分も標的に走る、走った。わたしの武器はヒールだ。常に履いていられるし、なによりもこんなものが人の命を奪うなんて誰が想像しよう。ボスなんて初めてわたしと任務をしたときに仕事が終わって駆け寄れば、笑って「お前らしい」と言われた。なにがわたしらしいのだと思ったら「枠にはまらねぇところ」と言われてしまって、しまった、顔に出ていたな、と思った
ビル裏の密会場所は既に剣帝を倒したスクアーロの刃が幾人もの命を食い散らかしていた。負けじとサングラスをかけた男に走って腹に一発、蹴りを入れるとあっさりと倒れる。わたしの血を元に調合した毒(生まれつき血に毒成分が含まれている)がヒールに仕込んであるし、なによりもこれはハンマーと同じくらいの強度と重さを兼ね備えているからとりあえず骨は砕ける。そのままいつも通りに任務遂行の筈がなんでか銃を的外れなところに撃った男の所為で自分の右手の平を掠めて血が出た。本当に、掠めただけだ、瞬時のところで身体を捻ったのが幸いした。それでも痛いことには変わりないから思い切り足を上空に向けて蹴り上げれば男の額にヒールが突き刺さって、頭蓋骨が割れる音がした。ついでに人間が糸を切られた人形の如く倒れる音がしてから名前を呼ばれる
「!」
駆け寄ってきたスクアーロはすごく慌てた顔だった。振り乱す銀色の髪の後ろにはもはや赤でなく黒になりかけている、湖のような血の海に身体を沈める男が何人もいた。それらの死体はわたしの元へとやってくるための、橋のようになっていた。そんな橋、絶対に渡りたくない
「お前、撃たれたのか、大丈夫なのかよぉ!」
真っ先に右手首を掴んで傷の深さを確認される。いたい、正直に言えば掴まれた手首の方が痛かった、胸の奥がズクリ、と痛む。深刻そうにじっと傷口を見てきたスクアーロだったけれども浅いと分かったのか黙って上着のポケットから包帯を取り出して巻いてくれる
「出血量が多いから、巻き終えたら本部戻って見てもらうぞぉ」
いつもの口調に戻った。顔も顰めているけれど、いつものスクアーロになっている。いつも包帯を持ち歩いているのかな、まったくこんな場面で呑気に思うことではないのに頭に浮かんだ言葉はそれだった。ニコリと笑う。ありがとう、言おうとしたときだった
スクアーロがわたしの方に倒れてきた。顔の笑顔は貼りついたまま、背筋にいやなものが這い上がってくる
探し物はなんですか?
白い、様々な花たちが自分の周りを囲っている。揺れる花弁を見つめながら此処は何処だという疑問が生じたが見渡す限りそこにあるのは白い、花しかない。ただ、自分の本能が告げている、警報を鳴らしている、喉がカラカラに渇いていて、どうにも嫌な感じがする。こんな場所からは早く出たくて歩を進める。一歩、また一歩と足を出すたびに嫌な感じが濃くなっていく。三歩目を踏み出した時だった。周りに咲き乱れる白い花が血を一斉に流し始めたのだ。だらり、一滴が地表に染みを作ると他の花もだらだらと血を流し大地が見るも無残に荒廃した。その間も血は流れる一方で、花はもはや白ではなく赤へ、そして黒へと色を変え、大地は荒れるだけでは気が済まぬようで闇に染まっていく。自分の立っている場所も闇に染まり、背筋をぞぞぞっと這い上がっていく恐怖と呼べるようで呼べない、不快感、といった方が正しいか。足元から闇が侵食して、叫ぶ前に黒くなった花から誕生する白。頭蓋だ
「オマエニ殺サレタオマエニ殺サレタ憎キ敵ガワレラノモトヘ」
頭蓋は周囲を埋め尽くしている黒くなった花から次々と生まれて、俺のもとへと群がっていく。足元は闇に侵食され、頭蓋はカタカタと歌うことをやめない
「オマエニ殺サレタオマエニ殺サレタ憎キ敵ガワレラノモトヘ次ニ死ヌノハオマエダオマエダ」
カタカタ言いながら徐々に自分の方へ来る頭蓋。なんとかここから脱出しなければいけないと思い、何でもいいから行動を起こそうとしたら髪をぐんと引っ張られる。視線をそちらへやると、闇に吸い込まれるようにしながら数多の骨の手どもがこちらに向かって伸びてくる。幾多もあって、それが髪を掴んで離さない。いっそ、ゾッとしてしまう。頭蓋は憎しみと哀しみの篭った歌を歯を鳴らして俺に聞かせ、骨になった手は自分を闇へと引っ張る。足元はその闇に侵食されて感覚がまったくない、地平線の彼方まで底がない瞳が、歌う頭蓋が広がっている。背後にあるのは吸収しようと躍起になり、待ちきれないとばかりに自分を掴む手だ。もう一度、ぐんと髪を引っ張られて今度は振りほどこうともがいた。それでも手は髪を解放しなかった。そればかりか掴む力はどんどん強くなり、一向に離す気配などはない。もう、髪を掴んでくる骨など見たくなかったがどうしてか、次にぐんと引っ張られたときに、身体が自然と後ろに視線を向けた
そこにあるのは包帯が巻かれた、手だった。小さくて、細い指があって、骨の手とは違って温もりがあり、なによりも他とは別の必死さをそれから感じた。包帯が巻かれた手はもう一度、髪を引っ張るといきなり喀血するような勢いで血が噴き出した
それでも離さなかった。どんどん溢れ出てくる血になぞ興味が無い、いいや痛いのにそれでも離さないのだろうか、その手はよく知っていた。頭蓋の歌が遠くに聞こえる。カタカタという一定のリズムを刻んだ音も消え、そうしてよく知っている声が聞こえた
「スクアーロ」
このおぞましい世界に、一つの希望。頭蓋が灰になっていく、風に乗ってどこかへ流れ、闇は愛しくもあたたかな手が発する白に侵食される、自分の足は形を形成していく。その間にも包帯が巻かれた手は決して自分の髪を離すことをしなかった。求めていたモノがそこにあった
「スクアーロ!」
瞼を何度か痙攣させた後にゆるやかに開いた先にあったのはの不安で、恐怖で、涙でいっぱいの顔だった
「・・・」
「よかったよかったよかった!」
何度も「よかった」と言い、上半身を起こした自分にいきなり抱きついてきた。首に腕をまわすにぬるりとした違和感を覚えて腕の付け根を見てみると、どす黒くなっている。嫌なことを想像して、黙って右腕を引っぺがすと予想通りに線をつけられた腕は血を流している。包帯も、付け根の部分と同じ色になっていた
「スクアーロが影に隠れていた男に毒の入った弾を受けて、死んじゃうかと思って・・・わたしの血は毒に対して血清になるから」
それだけ言うともう一度、擦れるような声で「よかった」と、最後は消えそうになりながら言った。そのまま俯いて、肩を震わせる姿は先程のおぞましい場所で自分を救った力強い手とは間逆で頼りない。壊れてしまいそうだ
「スクアーロがいなくなっちゃったらどうしようかって、不安で、ふあんで・・・」
ほろほろと涙を流し始めて。小さな肩をどうしようもなくなって引き寄せ、抱きしめる。の涙が俺の制服に染み込まなくなったら黙ってまだあるであろうポケットの包帯を探すことにしよう
ガーベラ様に提出させていただきました!少しでも不思議な感じが出ていれば幸いです・・・素敵な企画ありがとうございます!
070526銀狐