教室が茜色に染まる。科学準備室の少しくすんだ白い壁が朱に染められる。呆気ないな。だけれど私の頬が負けないくらいに同じ色になっているので、それを隠すには好都合だ。授業が終わり放課後に来るよう、呼び出したスクアーロ先生の銀色の髪も紅色になっている。キラリと光るその髪が私は好きで、そんなキレイな髪を結って眼鏡をかけ、私なんかに向き合う先生に心底、惚れている。それなのにそんな、熱っぽい瞳で見ないで欲しい。勝手で汚くて馬鹿な、可愛くもない愚かしい、なんの取柄もない自己中心的で淋しがり屋で、とにかく。最悪な私はすぐに勘違いをして、結局また、辛い想いをするだけなのだから
、俺はお前が好きだ」
嗚呼、その言葉が私のこころには届かない。こころには届かせない筈なのに馬鹿な私だ。先生、こんな私を弄んで楽しいですか。可愛くもなければ綺麗でもない私なんかに愛の告白なんかして、期待させて、もったいぶって「はい」って言うのを待っているのですか。こんな、不細工で、痩せてもいなくてお腹に贅肉がこんなについている私なんかに。惨めになっていく気持ちに耐え切れなくて俯き、愚かにも首を縦に振る。その行動に我ながら情けなくなり前髪を下に、引っ張ったら数本、抜けた


実験室の黒板にそこらへんの白いチョークをスクアーロ先生の細くて長い、やさしい手が掴むと不思議だね、なんの変哲もないチョークが愛しく見えた。サラサラと文字を書いていく先生に連動して結ってある髪が揺れる。白衣を着た先生は、先生であり恋人になった。愚かで救いようのない私はその姿を見て、乙女心とでも言えというのか、淡い桃色の溜息を吐き出した。同時に泣きたくもなった。スクアーロ先生は女子の中でも人気が笑ってしまうくらいに高いのだ。いま黒板に書いたものを、無駄のない手で軽くノックするように、叩いて重要であることを教えてくれる。ルックスだって上の上で私と比較したら天と地の差だもの。考えれば辛くて胸が張り裂けそうなの

授業が終わった。黒板に書いてあるものを映し終えた私は無言で荷物の整理を始める。静かだった教室がざわざわと少し、賑やかになった。不意に正面を向くとスクアーロ先生が眼鏡を外している。結ってある髪が、その際に少し揺れる。さらさらと絹のような銀色が宙を舞って、伏せ目がちになっている先生を見てたら一瞬の筈なのにそれがどれくらい長い時間だったろうか。網膜に焼きついたが如く、それが鮮明に、そして輝かしく瞳の中に残る
しかし、あんな人が私にとても単純で、胸を打つような言葉をどうして贈ってくれたのだろうか。まったくもって理解が出来ない。いまだって私なんかよりも優しくて純粋で、可愛らしい女の子達が先生の名前を呼んで取り囲んでいる。それに反して自分などそれの反対ではないか。笑ってしまう。そんなことを思わずにはいられない授業は何度あっただろうか。数えるのも考えるのも嫌になった。恋人という立ち位置にいることができても、そこに存在するだけでは意味がないではないか。私は茜色に染まった科学準備室にどれほど足を運んだろうか。そこではなにも行われずに、課題をこなしているだけで先生は提出されたプリントを無言で処理する。これはなんだろうか、いままで生きていて恋人なんていないからこれがもしや恋の形なのかもしれない。無言で自分のしたいことをして、終われば好きな場所に行く。特になにも起こることはない。そんな恋愛は嫌だ、だけれど贅沢を言ってはいけない。なにを望むことがあるのだろうか。私なんぞがあの、スクアーロ先生の恋人をさせてもらえているだけでも有難いのに。例えそれがただの気まぐれだとか、そんなのでも

終了の鐘が鳴り響く。ガタガタと席を立つ音がして私も黙って席を立ち、友人と話をしてから教室を出た。階段を上がって科学準備室に行く。扉を開けるとやっぱりそこにはスクアーロ先生がお決まりの結った髪を解いて、プリントを処理していた。好きだな、この人
「失礼します」
言って扉を閉める。短い言葉がかけられただけで沈黙。お決まりの先生が座っている席の一つ空けた場所に腰かける。鞄に手をかけようとしたところで珍しく声をかけられた
「なあ、。どうせなら隣に来いよ」
「え」
また静かになる。そりゃあ、スクアーロ先生の隣に座れたらと考えたら嬉しいし、胸も躍るけれどそうもできない。私なんかが隣に座ったらきっと狭いに決まっているよ。いつも先生の周りに集まる女の子ように細くないもの
「え、でも、い、いいですよ・・・」
前髪を引っ張ってしまう。もっと細くなって、可愛くなって、スクアーロ先生の隣に相応しい人になりたいけど、それもできない。どんなに頑張っても顔は変えられないし、なかなか細くもならない
「俺といるとつらいのかぁ・・・」
意外な言葉に思考が暫く、追いつかないでぼうっとしていたが、やがてゆるゆると視線を合わせた。なんて、いったの
はいつも俺が傍にいると辛そうだぁ・・・本当は俺といると辛いんじゃねぇのか」
「辛くなんかないです。先生と一緒にいれるだけで嬉しいです」
「先生じゃねぇよ。いまは、違う。スクアーロだ」
茜色に、教室が染まっていく。先生の銀色の髪が朱に染まっていく瞬間が好きだ。先生が、私は好き。だけれど、つりあわないよ
「・・・先生。以前から訊ねたいことがあったんです」
つりあわない私。周囲なんかよりも可愛くないし細くもない、スクアーロ先生の気をひく部分なんて一つもない。どうせなら女優のように綺麗に生まれてくればよかった。そしたら告白されたあの時も、いまだって先生なんて言わないで「スクアーロ」と呼べる。先生の方に身体を向けた
「どうして私のような可愛くもなんともない人にあんなことを言ったんですか。先生と私では、ぜんぜん・・・」
つりあいません、なんて言えない。私はこの人が好きだから少しでも離れて行ってしまうような、嫌われるような原因は作りたくない。もう、作っているのに。こんなことを言った時点で。私が可愛くない時点で
「なに言ってんだよ。は可愛し性格だって優しい。俺はそんなに」
「嘘です。いいんです、本当のことを言ってください。私のような、こんな、こんな・・・・・」
スクアーロ先生は黙って私を見た。私も黙ってスクアーロ先生を見た。二人で無言、見つめあった。ドラマとかであるあんな、ロマンティックなものではなくて。桃色の空気、高鳴る鼓動、幸せな高潮なんてものでなく、先生は少しお怒りで見てて、私は言ってしまったことの重要性に嘆いている。嫌わないでくださいって。いまさら遅いのに

「俺はの全部が好きなんだ。それなのにどうして否定する」
銀色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめた。それに対応して見つめ返す。どうしてそんな顔をするんですか、どうして。先程の怒り顔なんかじゃなくて、どうしてそんな、先生が辛そうな顔を
「見る目がねえみたいじゃねぇかよ」
「・・・私は先生が思っているように可愛くないし、そんな細くないし、隣に座ったら狭くなるような体型だし、それに」
それだけ言ったら話の途中で笑われた。重苦しい、二人だけの空間にスクアーロ先生の耳に通る笑い声
、お前がそれ以上痩せたら俺はごめんだぜぇ。こんなにいまだってひょろひょろでちゃんと食っているのか只でさえ心配なのに。それに十分可愛いし、優しい。人を思いやることができるヤツだよ。いままで出会った女の中で、お前が一番、性格もよくて、可愛くて綺麗なんだ」
ほろりと、涙が溢れた。鏡を見れば可愛くない自分、綺麗じゃない自分、コンプレックスの塊のような私がそこに写っていた。もう、嫌でいやで仕方なかった。どうにかしたかった、こんな自分に誰でもいいから救いの手を差し伸べて欲しかった
椅子を少しこちらにやり、腕を伸ばし、流れた涙の後を追うように親指の腹で拭われる。溢れた右目を閉じたら丁寧に拭かれた。優しい手だ、私が望んでいた手がそこにある。普通に恋をして、そして相手に相応しくなりたかった。溢れそうだった左目の方も同様にしてもらった後にスクアーロ先生は不意に私の隣にある空席にひょういと移動した。突然のことに狼狽する自分に構わず今度は脇の下に両手を滑り込ませて軽がると持ち上げて自分の膝の上に座らせた。あまりのことに立ち上がろうとした私を無駄のない両腕で抱きしめて阻止された
「重たくない。を膝に乗せても全然、苦になんねえぞぉ」
すっとスクアーロの顔が近付いてきて、瞳を見てなにをされるのかわかって暗黙の了解で瞼の暗幕を垂らす。唇同士が重なって、舌がするり、滑り込んできて。口内を舐め上げ歯をなぞる。舌が絡み合って息継ぎが大変なんだなぁ、とぼんやり思う。少ししてから解放されたときに真っ先にしたのは酸素の補給。相手はその様を見て笑っている。余裕、といった表情で
「初めてがディープっていうのもね、スクアーロ」
言ってから恥かしくなる。悔しくて、嬉しくて、うれしくって、言葉にした名前は先生がついていないだけでこんなにも照れくさくなってしまうものだった。紅潮する頬を気にする前に強く抱きしめられる。教室は茜色に染まりきっていた



空が茜色に染まったらキスをしませんか



素敵企画Scuola様に捧ぐ。
070513銀狐