不思議なくらいの沈黙した世界において私はぼんやりと巨大すぎる満月に押しつぶされてしまいそうになっていた。なにもない野原に腰を下ろして風の囁く声を聞いていた。視線を下にやればキラキラと輝きながら流れる小川があって、そこにはやはり大きな月、その周りを黄色と銀色、赤色、緑色となんだって揃っている星が映っている。まさに天の川ってこういうのを言うんだろうと考える。それにしてもああ、まだあの男は私のもとへと来てくれないのか。早く会って声を聞いて、触れ合って、その存在を確認したい。じゃないとすぐ何処かへ行ってしまうような人なのだから困ってしまう。そんな印象を私に残す彼なのです


ストイックキャンディ


「待ちましたか」 すっと、隣に腰を下ろしたのは待ち焦がれた男だった。彼の赤い片目に自分の姿が映っている。それだけでこんなにもこころが満たされて、私は隣に存在できる。この事実がこんなに嬉しくてどうしようかしら!渇いた胸に満たされるのは純粋な想い
「いいえ、会えてうれしい、寂しかった」
傍にあった腕を躊躇無く掴んで身を寄せると無言でこちらにちょっとだけ体重をかけてきた。あったかい、いま私とこの男は共に心臓を動かして生きている。掴んでいるこの腕は、間違いなく私が掴んでいて。もうこのままでいいのに
「クフフフ・・・本当に はかわいい寂しがり屋さんですねぇ」
独特の笑いを零した後に二人で孤独を埋めあうように体温を感じあっていた。そこに骸がいて、私がいる。頭上の月は徐々に接近しているようにさえ思えてしまうのは確実に錯覚なんぞではないことを自分の本能が告げていた。このまま行ったら間違いなくこの世界もあの淡くて優しい黄色と白に包まれて崩壊するのだろう。骸は大丈夫ね、此処を行き来しているのだから私と違ってどこにだって行ける足を持っているのだから
果たして、いま生命力に漲った草花の生えている野原に座っていられるのは私という生命体の下に世界があるからで、世界が無ければ私はなにかの上にいることはできないし、ちっぽけな心臓も止まってしまう。なんという、不便な世の中なのだろうか。でも一人になるくらいなら消えてしまいたい。さみしいもの
思いながらも瞼を閉じる。なにも考えたくない、このまま。不幸を考えるのならばいまある幸せに浸かって僅かな夢を見たいと思うのは愚かだろうか
、この世界は崩れてしまいますよ」
「うん」
「そうしたら は死んでしまいます。心の死は肉体の死を意味します」
「うん」
「このままでは一人で世界から消えてしまうんですよ?」
「うん」
「そんなのは虚しすぎます。嗚呼、まるで道化が舞台から逃げてしまうような滑稽さです」
「そうかな」
「そうです」
瞼を閉じながら、隣に生きている骸を感じながら、私は幸福に包まれ微笑みながら応対をしている。もう、私は輝けないもの。肉体があっても心理の世界に、別の世界に長居しすぎたもの。誰があんな可愛くもなくてスタイルだってよくもない、なんの長所もないような女の体を世話するのでしょうか。どっかのゴミ捨て場にでも生ゴミとして捨てられているんじゃいのかな

通り過ぎていく人をぼんやりと見ながら空腹に負けた。公園のブランコに揺られながら誰かが迎えに来てくれるんじゃないのかとか馬鹿なことを考えていたの。誰も来るはずなんてないのにね。消えたい、もう心に受けた傷が深すぎて癒されない。抉られたその箇所から腐っていって、そうして結局は私の肉体も腐ってしまうのね。もう疲れた、空を見上げて風が囁いてて涙が出てしまった。進めとか、逃げるなとか、甘えだとか、散々言われて育ってきたけれども。それじゃあ、あなたはそうやって言われて育てられてきましたか
あったかい布団も大好きだった人達も学校から帰宅したら誰もいなくなっていた。なにもない家には呆然とする私しかいなくて、どうすればいいのか分からなくて暫くへたり込んでいると知らない男の人達が何人か入ってきて家から追い出された。中学生になって何があったのかわからないほどに家庭の状況は良くなかった。ああ、この家は売られて私はおいて行かれたのか。どうすればいいのかな、こういった場合には。とりあえず親戚の家に電話をかけようと思い至り数十分歩いた先にある公衆電話に向かったけれどもそこまで来て親戚間の仲も最悪で電話なんてかけようとも私のことを救ってくれるとは到底思えなかった
行ける場所もなくて公園のブランコで揺られながら涙を流していたらこの世界にいた。ここでは空腹も、苦しみも、なにもなかった。ただ月が接近して崩れてしまいそうな空間だということだけが欠点で、他にはなにも嫌なことなどなかった

いや、そもそもそれは嫌なことなのだろうか。現に私はその事実を平然と受け入れているのだ。私は満足している。だってもう、終われるのだから。骸とはこの野原で出会って仲良くなった。ぼんやりと月を眺めていたら声をかけられて、話し相手になってくれた。久々に誰かと自分を飾ることもなく喋れた気がする。心の底から笑えたし、楽しかったのだから未練なんてなにもないのよ。欲を出してもいいことなんて何にもないのだから多くは望まない方がいいに決まっているじゃない
は勝手ですね」
先程、話しているときにはなかった刺々しさ。咎めるような口調に預けていた体を離して骸をまっすぐに見つめた。キレイなオッドアイだね、心の中だけで場違いにも思った
「僕は ともっと話していたいし消えてほしくなんかありません。ここはあなたの深層心理の世界です。そこが崩壊するのはすなわち、魂の死を意味する。輪廻も出来ないんですよ?」
「そうしたら誰にも傷つけられないし苦しくないよ」
「それじゃあ、僕が苦しいんですよ」
一途な瞳が私の心を射抜く。やめてよ、そんな目をして、そんな顔をして私を惑わすのは。誰も必要としないのならいらないじゃない。誰もが甘い言葉で最初は迎えたのにどうしておかしくなってしまったのだろうか。置き去りにされた人間の気持ちなんてちっとも知らないで笑って生きているのに。そんな世界にいたくないのよ、こころを揺さぶらないで
の中に僕は存在していますか」
「骸は私にとって大きな存在だよ」
「それならもう一度、新しく生きてみませんか。僕は を手放すようなこともしませんし、嫌がっても離してあげません」
男の人の腕が私を包んだ。ねえ、骸。私なんかのどこがいいのよ。こんな可愛くない顔に性格だし、スタイルだってよくないのよ?性格もよくなくて、暗い女なのに愛してくれるって言うの
こんな女に構ってないであなたに相応しい人と生きればいいのよ。そうした方がいいわ、どんなに甘い言葉を受け取っても穢れている私の心は心底、疑い深くてあなたの言葉さえ理由をつけて拒絶して傷つけられないようにしている。本当にいやね
「私、可愛くないしこんなだ」
「僕の目がおかしいって言うんですか」
言い終わる前に骸は私の言葉をとってしまった。筋肉のついているのが分かる胸に抱かれながら目尻に涙が溜まっていくのがわかる。どうして、どうしてそんなこと言うのよ。多くを望んでもいいことなんて無かった。だからこそ、ここで終わらせようと思っていたのにどうして。疑問が頭の中にいっぱい生まれて私は何をすればいいのか分からなくなってしまった。ねえ、どうすればいいのよ、信じても裏切らないの?本当に私をおいて行かないの
「だけど肉体がもう腐ってたりしたらどうするの・・・」
「それなら心配ありません。僕が丁重にお預かりしていますから」
また独特の含み笑いをして、そして強く抱きしめられる。どうしてそんなに私を惑わすのが上手なのかしらね。接近してくる月を感じながら私たちはお互いを感じあいながら抱き合って、この世界にさようならをすることにした



「おはようございます、
瞼を開けると骸の変わらないキレイな瞳があった。寝ぼけているようだ、頭が重いしお腹も空いている。そんな私を他所に額にキスをしてそのまま再度、骸の腕に捕まってしまう。どうやら彼の膝に乗っかっているようだった。なんだか恥ずかしいなぁと思いながら傷だらけで自信のないこころが変容を遂げて私にこの人を信じて愛する力をくれた。この世界で生きていくのはひどく大変だろうとぼんやりと思ったが骸がいるならまあいいやと思えた。ふと、視界に入った窓の向こうを見やれば月が暢気に浮かんでいる




(果たして崩壊しかけた私のこころは骸、あなたに助けを求めたいたのかもしれない)








夜に様に提出させていただきました!コンプレックスを持ちまくりの主人公が夜に包まれて少しでも前向きに生きようと考えたように、思えてもらえたら幸いです・・・素敵な企画ありがとうございます!
070712銀狐