最初に出会ったのは秋なのに少し肌寒い、何てことない通学路でした。無駄に生真面目な私はその日にある授業の教科書を全部、持ち歩いて。ぎゅうぎゅう詰め、紺色のバックには小さな弁当が一つ、入って更に重くなる
両親が離婚してから母にも逃げられた私は現在、親戚の所に厄介させてもらうことになった。中学生まで育ててもらった後、一人でもやっていけるからと一人暮らしを始めた(元々、そんなに深い縁もない。厄介になるまで顔さえ知らなかったのだ)生活費もキツキツ、アパートのおじさんに家賃を待ってくださいなんてとても言えないから足りない場合、食費とガス代光熱費を削りまくって生きている。そんな私は後ろに倒れてしまいそうになるバックを背負って晩御飯を何にしようか考えているから朝の通学路なんて憂鬱になっても仕方ないじゃない
「・・・だりっ」
とっても小さな声で、何も映さない、踏まれるだけの人工物その名もコンクリート!見て、やっとのことで自嘲的に笑った。そうね、愚痴を零しても仕方ない、しょうがない、諦めてしまうのが一番いい。学校に行かなきゃいけない、行けるだけでも私は幸福だ。トボトボ歩いていると後ろからバイクの音がする、いいなぁ、私も普通免許取れるお金が出来たらバイクを買おう。マフラー靡かせて重たいバックとはさようなら!どんどん近付くバイク音にぼうっとした思考は羨ましがるばっかり

あれ
バイク音が、こんな場所で


止まった



「ねぇ、君」
すっごく、耳に残る声だと思った。目を瞑っても何度もリピートされるような声色に密やか、私は胸に淡い色を感じずにいられない。こんなに憂鬱な通学路が、ちょっぴり優しい色になった
「君だよ き み 」
バックを後ろに引っ張られて「うわっ」声を小さく上げてぐらりと固定されていた視界が勢い良く動く。同時に私も後ろにひっくり返る。あ、やばい、瞬間的にそれだけを考えたけど背負っている物が重いんだもの、身動きが全然できない!
「重いね、バック」
来るべき衝撃に備えて痛みが襲ってくるという覚悟だけはしておかなければならない、思って自然と目を瞑った。だけど来たのは呑気にも私が背負っているバックに対しての漠然とした感想だった。聞いた声、灰色の世界をちょっぴり優しい色にした音。そろそろと目を開けてみれば目に入ったのは剣だった、心臓を深々と刺す剣。端整、美しい顔立ちの男性に持ち前の色亡き心臓は確かに突き刺されたのを感じた
「乗りなよ」
表情を変えずにそれだけ、言った。支えられた腕の温かみを肌が伝えるのと同じくらいの速さで徐々に心臓が高鳴っていく




「・・・で、そのときに一目惚れした雲雀さんにアンタ、未だ想いをずるずるやってるわけ?だって雲雀さん並森を出て何処かに行っちゃったし出会いって言ってもそれだけしかなかったわけでしょ?」
友人の手痛い指摘にただ黙して数十分前に運ばれたアイスティー、ストローを口に含んで吸い上げれば透明なそれに浮かび上がる上方へと向かう液体がただあって、なんの感情も持たずそれを見ているだけの私がただ此処にあるだけ
「十年間だよ?十年間もずうううううっと!彼氏も作らないでいないで雲雀さんに想いも告げない!勿体無いよ、せめて並森に帰ってきたらその気持ち、伝えなよ
「まぁ・・・でも雲雀さんも私のことなんか覚えてないと思うけどなぁ・・・」
通学路をバイクで走ってたら俯きながら重そうなバックを背負ってた私を見て、ただ乗せただけ 本人にどうしてこんなに優しくしてくれたんですかと訊ねて返ってきた言葉がコレだ。皆が見てくる視線を情けなくも一瞬で心奪った相手の発言のせいでなんとも感じなかったのを、いまでもよく覚えている


友人と別れ頼りなくも弱々しい足取り、アパートに向かった。こんなに寒い日には明かりの灯っていない家に帰ってもただ寂しく肌寒いばっかりだ。中学の時、辺りがぼんやりと菫色に染まっていく中で漂ってきたのは子どもの笑い声と家庭的な料理の香り。右手に持っているコンビニのロゴがプリントされている袋がやけに重く、虚しく感じた。いまの私が陥っている感情にそれは哀しいくらい酷似している
「・・・虚しい」
ぽつりと零した言葉に反応する人さえいなく、ズキッと余韻が残るような痛みを感じながらそれでも歩くしかない。肩にかけたバックがやけに重く感じた。よく初恋は叶わないって言うけどそれは本当らしい。雲雀さんの腰を抱きながら緊張で呼吸も浅くしながらも誰かの体温を感じて高揚する感情をしっかりと認識した。これが初恋ってやつなんだ、思ったけれど気紛れの優しさで接してもらったことを聞かされたときの私は一体、どんな顔をしていたのだろう、なにか癇に障ることでも言ったのか、しでかしたのか。とにかく次の日にバイク音がして振り返ればメットもしないで平然と運転する雲雀さん、私はドキッとして浅ましい期待を僅かな時間で胸中に芽生えさせたが一瞥もせず、彼は何事もなかったかのように走り去ってしまった。淡いパステル色になりかけた通学路は以前と同様にモノクロの世界に戻った。それでも、たった一度だけの気紛れに初恋をしてしまったのだ
菫色を通り越し、薄っすらとした闇に覆われ始めた中学生の頃に歩いた通学路を泣きそうになりながら足を進める。チクショウ、どうしてこんなことになってんだよ、思えばろくな人生ではなかった。両親に捨てられて初恋の相手は何処かに行ってしまい、自立しても虚しい生活。華やかなんかじゃなくて平凡に幸せが欠けたような
「だりぃ…チクショウ…」
倦怠感が身体を襲った。なんでこんなことになってしまったのか。私にもさっぱりだ!

「また言ってる」

十年前という遥か昔に聞いた色を蘇らせる旋律にぞぐっとした。もし私の慢心などではないのならこの人は
「ひばり…さん」
「なぁに」
「身長、随分…のびましたねっ…」
本当に雲雀さんなんだ、十年間ずっと好きで新しい恋なんかできないくらいに私の心臓を刺した人がいる、私に話しかけてくれてる。それだけ、たったそれだけで幸せ過ぎて涙が溢れる
「…も少し、伸びたかな」
流れて止まらない涙を親指の腹でそっと拭ってくれる手をたまらなく愛しく思う
「仕事でね、遠くに行ってたんだ。久々に帰ってみれば並森も君も全然変わってないんだから」
ふっ、微笑んだ顔が綺麗すぎてまた私はぞぐっとする。こんなに彼が話してくれてるのに私ったら気の利いた言葉がわからないの。誰か教えてくれませんか
「初めてをバイクに乗せたでしょ。あの時も歩きながらだりっ、て呟いてたよね」
私の困惑を他所に彼はさらさらと歌でも歌っているかのように言葉を紡いでいく
「いまも言ってるなんて本当、君は変わらないね。なんであの時に君に恋したかまったくわからないよ」
ほろほろ流れる涙にどうしようと狼狽していた不意打ちされた。聞き間違えだろう、そうだろう?
「十年間、君に会わなくてやっと理解した。あの時、辛そうにしていたが言葉にしたから。僕は手を貸せた、きっかけが欲しかった。ずっと前から君を乗せたあの日より前からのこと好きだった」
涙が一筋、流れたのを感じた。これはなにかの間違いだろうか、何が起こっているんだろうか。わかんないよ。ただ頭を一度、優しい手が撫でたときに嗚呼、何故だが直感で分かった。雲雀さんの顔が近くて、ビックリするくらい近くて。唇に触れたそれはふっくらとしていて柔らかかった。体温を感じて、触れるだけのようなキスだったけれど確かに私と雲雀さんはキスをして、幸せすぎて頭が真っ白だ
が好きだよ」



盲目ひよこ
(十年間あなた以外、きみ以外、見えてなんかなかった!)



企画サイトcroon様に提出!はじめてのちゅうというなんとも可愛らしく参加したい!という企画でした
071009銀狐