私が死んでしまったら、自分だけでも生き残りなさい。私の所有している社をお前にやろう。疲れたらそこで羽を休めるといい。いいかい、私のことは心配しなくてもいい。きっと、またどこかで、会えるよ



専用の飛行機に乗り込んでいるときはもう、隣の女は半分意識を飛ばして自分にひっついていた。何度か鬱陶しくて剥がそうとしたがあまりの必死な形相と込められた馬鹿力にええい、もうめんどくさい、放っておくことにした
「ざ、ザンザス・・・!おおおおお落っこちたら私がしっかり抱いて飛んでやるからな!」
「落ちるわけねーだろうが」
「考えてもみろ!こんな大きくて、しかも鉄の塊なんだろう?!落ちるに決まっている!あああぁぁぁぁ・・・」
自分の頭を抱え込んで絶望しています、と言った風に項垂れている。そのくせにしっかりと俺の上着を掴んで離さないのでどうしようもない



「し、死ぬかと思ったぞ・・・」
「これから任務で遠出するときは毎回、あれに乗るからな」
飛行機から降りて本部に向かうために自分達を待っていた車に乗り込んで一言。俺の発言に愕然とこちらを見てくるにお前は本当に人間じゃないのか、と言いたくなったが窓の外を見ながら遠くを見ている様を見てなんだかおもしろくて小さく笑いを零す
いつもなら任務から帰って本部に向かう車内には沈黙だけが空間を支配していた。そういえば、がしているように車内の窓の無効にある夕暮れの景色なんて、まったく見ていなかった。視線をそちらに向ければ笑いあい、喋っている者や俯いて歩いている者もいる。あの角に喫茶店なんてあっただろうか。近くに人間(ではないが)一人いるだけでこんなに世界は変わるのだと思った。長年の間、俺はいつだって一人で、傍にいる部下も誰も自分の過去なんか知らない。誰もこの裏切られたという感情を、知りはしない
遠くでガランという鐘の音が鳴った。すぐさまはそちらに視線を向けたが敢えて、俺はそれよりもゆっくりと視線を向けた。近くの教会の鐘の音、一定の時間になると僧侶かなんかが鳴らしているんだろう、ということも知っていた。それでも見なくてはいられなかった。夕暮れのオレンジを受けて輝く白い煉瓦は哀愁の漂うモノに街を変貌させる。静かな車内にガラン、鐘の音がする。ただ自然な行動のように俺は黙って瞼を閉じることにする。閉じきったときに「はっ」と息を呑む声が聞こえた



肩を揺さぶられる。それは決して強いモノでも弱いものでもなくて心地よかった。手に宿る温度も丁度よくて心臓の動きがのんびりとしていくのを感じた。だが自分の名前を口にされて揺さぶられてしまえば答えないわけにもいかない
「起きたか、着いたぞ」
薄っすらと眼球を覆っていたものをあげて前を見れば少し霞んでいる車内。軽く目を瞬かせて名前を呼ばれた方に顔を向ければ黒髪がさらりと落ちた瞬間で、緩く笑むその顔に何も考えずにただ、純粋に、綺麗だと思った
「ザンザス・・・?」
「ああ」
無意識に伸ばしてしまった手。しまったと思ったときには遅かった。ふっくらとして、生きている証拠とでも言うかのように流れの速い川の水のように、血管を流れる血の温度に、それを薄い皮一枚隔てて触れている自分の手に。手のひらからじんわりと体温が伝わっていく。包み込んだ相手の頬は自分が包み込めてしまえるくらいでこんなにも小さい。触れている相手は気まぐれな俺の行動に少し頬を染め驚いていたが、また、とても柔らかな笑みを返した。まるで、小さな子どもをあやす時に見せる母親の顔(俺はそんなのいままで見たことない)
だがぼんやりした頭が徐々に目覚めてくれば鋭敏な動きをする自分の脳は粗方、現実に俺の意識をひき戻すとすぐにの頬に添えられていた手は引っ込められた。だんだんと驚きの感情が胸を満たして、そうして自然といまの感情にしている相手を見れば目を細め、もう一度笑んだ




人間に出来ないことを鴉はどうして、出来るのか