ごめんなさい、謝ると笑って銀の髪をゆらす。気にしなくていい、が悪いわけではないんだ。古い、時代に逆らうぼくら天狗がいけないんだ。でもわたしのせいであなたまでみんなにきらわれてる。そんなのわたしはたえられない




「すごいな、随分と変わってしまった」
やっと着いたホテルの前で感嘆の息をこぼす。此処まで歩いてくる間、ずっときょろきょろと辺りを見回していた。少し話を聞いていたがどうやらあの、小さな社にずっと眠っていたという。それ以上のことは話さなかったので俺も聞かなかった。ただ並んで歩いているとどうしてもの服装から周囲に見られる。ただでさえ目立つ格好なのに着ている奴が高層ビルを指差して嬉しそうな顔をしているのだ。異様としか言いようがない

とにかく。やっと着いたホテル内に入ろうとすると呆然とした顔で扉の前で仁王立ちしている鴉天狗。さっさと部屋に行きたいのでぽかんとして無防備な腕をぐいっと引っ張るとはっ、と我に返ったらしい。いままでどんなに不思議がっていても質問してこなかったのに初めて問われた
「なあ、ザンザス。どうしてコレは勝手に開くんだ?」
コレ、と指を指してきたのは扉だ。ああ、自動ドアなんて見たことなかったのか。そりゃあ近づいたら勝手に開くのだからびっくりしないこともないかもしれない。そういえばどうして勝手に開くんだろう。センサーでもついているんじゃないのか、言いかけてやめた。センサーって何だ?と問われると思ったからだ。俺の顔をじっと覗きこんでくるに「近づいたら開くようになってんだよ」と簡単に説明してもう一度、腕をひっぱった。じっと見つめてくるのでそちらを向かないようにフロントにズカズカ突き進む(そんなに俺を見るな)

「おかえりなさいませ」
一つ頭を下げる初老の男に何を思ったか俺を「少し見直したぞ」というような顔で見てきた。なんなんだコイツ。なんでか少し腹がたったのでやっぱり元の場所に返してやろうかと考える。いや折角、いい人材を手に入れたんだ。それにコイツの家と言える社をぶっ壊したのも俺だ
イラっとした空気が伝わったのか男は慌てて鍵を目の前に差し出してきたので黙ってそれを受け取り、を見るとそこにいた筈の女が忽然といなくなっている。自然と舌を鳴らす。周囲を見回すといつの間にかフロントに設置されているソファの上でぴょん、と飛び跳ねている連れを見つけた。しゃらんしゃらんと飛び跳ねる度に髪飾りが歌いだす。当の本人もケラケラと笑っているので少し頭痛がした。声をかけようとした時だった

「ねえ、お姉さん。なにしてるの」
二十歳前後の、日本人の男が言い寄ってきていた。明らかに一般人だが身なりとこのホテルにいるということはそれなりの身分であろうことが推測される。嬉しそうに飛び跳ねていたのに声をかけられ邪魔をされたことで気分を害したかと思ったがただ、笑うのをやめて問いかけてきた男をきょとん、とした顔で見つめるだけだった
「なにをとは。見て分からんか?跳ねているんだ」
楽しいぞ

何を阿呆なことを言っているのだアイツは。高みの見物を決めこもうと思っていたがやめだ。足早にのもとへと行く。自然とブーツは大理石の床を機嫌悪そうに殴りつける
「へえ、お姉さんおもしろいね。いま暇なの?」
「暇じゃない」
イライラしながら答えたのは俺だ。突然のことに言い寄ってきた男は「だれ・・・」と言いかけたが一睨みするとびくっと怖気ずく。これだからカスは嫌いなんだ。いやこんなのはカスじゃねえ、塵だ
「なあザンザス。すごいぞこ」
綻んだ顔でソファを指差して言うことなんか予想できるので全部、言い終わる前にぐいっとまた腕をひっぱる。突然ひっぱったのがいけなかったか。後ろで「ぎゃあ」と色気も何もない声を出したので華美な着物に躓いたのかと思ったがそれでも体制をたてなおして転ばないようにする。後ろで抗議の声がしたがシカトしてエレベーターに押し込んだ
「なにをするか!」
「うるせえよ」
「なんだ、なんで機嫌がそんなに悪いんだ」
「・・・うるせえよ」
「わたしがあそこで勝手に物に触れたからか?」
じっ、ネイビーブルーの混じった漆黒が俺の瞳を見つめてきた。別にそんなことで怒ったりはしない。勝手に物に触れようが何をしようがそんなこと知ったことか。ただ、何故だか腹がたっただけだ。理由なんか知るか


そのまま無言でエレベーターを降りて部屋に入り、やっと椅子に腰掛けた。一つ息を吐き出してを見やると居心地の悪そうな顔をしていた。伏せられた睫毛はやはり、長いのが少し距離があっても分かる。犬の耳でも生えていれば垂れていそうな状態(お前仮にも鴉天狗だろ)どこに座ればいいのかもわからないのか俺から少し、離れた位置で申し訳なさそうに立っていた
とりあえず向かいの椅子を指差して「座れ」と促す。言われたとおりに横にあったそれに腰掛ける。ふわっと着物が浮いて見ていていつ躓くとか考えてしまうし、なによりも動きにくそうだ。明日にでも街に行ってコイツのサイズを測って新しい服を着せようと考えた
「まだ・・・怒ってるのか」
上目遣いに問いかけてくるそれは出会ったときの威厳を消していた。わざと消しているのかあの張り詰めるような空気を
「・・・べつに」
沈黙。流れてくるのは街に走る車の音と人の笑い声だ。隣の部屋の住人はクラシックでも聞いているのだろうか音楽がそれとなく聞こえる。目の前のやつは俺の言葉に安堵のため息をついている。いつも一人の空間だったのに二人いるせいか心なし、狭く見える
「すまんな。まだ起きたばかりで現代の知識がないんだ」
「・・・お前、出会ったときと大分空気が違うぞ」
「そりゃあ・・・あの時は怒っていたからな。いつものわたしはとても優しくて大らかだぞ」
そう言ってからは笑った(誰が優しくて大らかだ)とても楽しそうに白い歯を見せて。ずっと眠っていたのだ。人と言葉を交わすことはおろか、誰かと接触することもなくあんな小さな空間にいたのだから楽しくても仕方ないか。普通の女よりぎゃあぎゃあ騒がないだけまだマシと言えるだろう(これで喧しかったら放り出すところだ)
「しかし今日は色んなことがあったなあ」
「・・・そうだな」
まさか標的を抹殺した後にこんな、実際戦ってみないと信じられない強さの、両翼を持ったコイツの姿を見なければ絶対に連れてなんかこなかったし人外の、極め付けが鴉天狗だという、こんな奴を。そんなのを見つけて手に入れるなんてすごい夜だ。それに、初めて俺の両眼を綺麗だと言った(外道とされた、この、いろを)
「疲れたし・・・わたしはもう寝てもいいか?」 一つ大きく欠伸をして背伸びをしてみせる。好きにすればいい、言いかけて重大なことに気付く。こいつ長い間、眠っていたということは
「・・・風呂は」
「・・・風呂なんか毎日、入るものなのか」
ガタン!椅子から勢いよく立ち上がって思い切りの腕を掴んだ。また、色気もなにもなく本日二回目の「ぎゃあ」という叫びが耳に入るがそんなのはもう、聞きたくもない。先決するべきなのはコイツを洗うということだ


こうして俺は天狗を飼うことになった