長い間たった一人で眠っていたのだ。小さな空間で膨大な、気の遠くなるほどの時間をそこで過ごした。目を開けることもできたのに。わたしはそれをしなかった


外道の色彩好むは漆黒


「どうした童よ。こんなものか」
樹齢何十年だよこの木って思うくらい大きいやつに俺はもたれていた。そうするしかない。目の前の、人ではないと名乗ったそいつは持っている羽団扇を一つ、動かせば暴風が吹いてこの様だ。銃を撃ってもふわふわと躱していくのでイライラする
「うるせえよ」
聞いて顔を顰めてみせて何か言おうと口を開けたがそれを飲み込み深呼吸をしてから俺に尋ねた
「・・・どうしてわたしの社を壊した」
華奢な、白い指が指すのは俺が灰にした物があった場所だ。そこになにもないので何があったのかさえ分からない。恐らく、社という単語から神を祀る建物というのは分かるが。果たしてそれは天狗にも適用されるのだろうか、この状況では意味を成さない疑問が浮かんだ。まあコイツにしてみれば家のようなものと推測することにする。それならばいきなり自分の家を意味も分からず破壊されては腹も立つか
「別に壊したくて壊したんじゃねえよ。標的を狙ったらそこにお前の社があっただけだ」
宙に両翼で威厳を放ちながら飛ぶは俺がそれだけ言うとふわっと着物を翻して俺に背を向けた。目線の先にあるのはそこにあっただろうコイツの怒りの始まりだ。伏せられた瞳は最初、見ただけでは気付かなかったが憂いを帯びていたしコイツ自体の素材が悪いものではない。一つ、風が吹いて後姿に黒髪がなびく。背景の月が、よく似合うと思った

「そうか」
浮いていた鴉天狗は土に素足をつく。ぺたぺたと音をたてて歩いてくるのにその白い足は汚れない。顔が伏せられているので表情が読めないが明るい顔はしていないだろう。こちらに近づいてくる間、周囲の音という音が死に絶えたような感覚に陥る。周囲の空気が憂いに、まるでコイツに呼応しているかのように風は吹くしなんなんだ一体
目の前に仁王立ちしている女はすっと膝を折って座って木にもたれる俺と同じ視線の高さにした。スローモーションで見るかのようにゆっくりと上げられた顔には月明かりを背中に受けているせいかそれとも違うもののせいか影を含んでいた
「緋色なのだな」
黒のような、ネイビーブルーのような。今日の夜空に似た両の目でじっと見つめてくる
「血の色、外道の印だ」
自嘲的に笑う。この瞳の色でどれほどあの、男は俺を異端として見ただろう。自分の息子を見ずに他人の子供を見て笑顔を零す。伸ばした手は気付かれぬまま、掴まれぬまま彷徨い途方に暮れるだけだった

「美麗ではないか。赤翡翠を知っているか?」
別名、火の鳥と言ってな。名の通り、それは緋色な鳥なのだが鳴き声が震えるような、それでいてとてもこころが和むのだよ。奴らの声が好きでなあ、歌なんぞ一品物なんでわたしはとても好きなんだ。童はそれの色をしている。とても綺麗な色と声の鳥だよ


頬に、女独特の柔らかい手が添えられる。それは確かに温度を持っていて、それでいて優しい手つきのものだった(こんな手、初めてだ)自分の社を俺に破壊されたのになんでこんな行動に出れるのだろうか。想像外の行動にいま撃てば確実にこめかみを打つことも出来ただろうに俺はそれができずに呆然と、添えられた手の温かさを実感していた

「どんな理由があろうと二度と壊すなよ」
紅色の唇は整った弧を描いた。黒髪がさらり、と着物を上を滑っていき感じていた温度は遠ざかっていくのに気付く。立ち上がった天狗は飛び立とうと翼を広げる
「待てよ」
呼びかける声に天狗は俺の方を振り返った。しゃらん、髪飾りが高価な音を奏でる
、帰る場所はあんのか」
「・・・童が壊しただろうに」
「それなら俺のところに来ねえか」
そうだ、腕はいい。ヴァリアーに所属させるのもいいし俺専属にしちまうのも有りだ。どの道、役に立たないということはないだろう。相手は人でないのだから今後のボンゴレボスへの道に立ちはだかる人間を一掃してくれる。屋敷には空き部屋なんて片手以上あるし一人、増えたところで困ることでもなし。人外を手懐けるのもおもしろい
「名は」
少しの沈黙。木のざわめきの後に口元に手をあてて考えながら発した言葉
「童の名は、なんという」
そういえばまだ、俺は名乗ってもいなかった。ざあっ・・・風が吹く。月は頭上で俺達を照らすばかり
「ザンザス」