月は孤高に黒塗りの空に浮かぶ。星は闇に食われて姿を消す。そうしてその闇を自由に飛ぶ鴉は鳴き声も出さずに黒の上を滑っていく。たれが鴉を捕まえられるというのだろうか。高慢はおよしなさいな。あなたなんぞにこの闇を操る自由な鳥は捕まえられぬさ



初代ボンゴレは日本を随分とお好みだったようだが残念。平和ボケしたこの日本にもマフィアやら殺し屋はいる。俺もその一人で仕事中だ。生憎だが平和を噛み締めすぎたんだよお前ら。そうして阿呆のように笑うその時間も齷齪と俺達は人を殺してきたんだ。そんな世界で生きてきた殺し屋に俺が負けるわけがねえだろ
相手は斧をぶん、と空気を切りつけながら俺に攻撃してくる。誰もいない雑木林に、星も眠ってしまった夜更けなんだから民間人がいる筈もなく満ちた狂喜に脳みそを支配された男は当たりもしない連撃を繰り返してくる。はっ、莫迦の一つ覚えのように斧を振りかざしてくる男に付き合って遊んでやるほど俺もお人よしでも暇人でもなし
「お前は殺しすぎたんだよ」
殺した中にいた依頼者の恋人。莫迦な奴だ蛇のように執念深いんだぜアイツ。腰にある銃を手にとってトリガーを引く。込められた憤怒の炎は業火となりて男とその先にあった物体を焼き殺した。灰となって跡形もなくなった対象物がいた位置を見て鼻で哂う。なんと呆気ない命であったことか
月明かりだけの空を見上げる気にもならずにそれの与える恩恵ともいえる明かりを頼りに木に囲まれた空間を抜け闇に戻ろうとした


刹那


ぞわりと背筋がした。この俺が、これは、恐怖というものなのか(そんなものを味わったことがないのでこの感覚、その名称でいいのか)背後に感じる激しい憎悪。それは俺の武器だぞ誰だそこにいるのは。気配など一瞬もしなかったはずだ
「お前か。わたしの社を破壊したのは」
なんという悪戯をするのか、この童は。仕置きが必要らしいな

背後を振り返ると日本でいう着物という衣類を着た女だった。だがこんな豪華なものを着ている奴、初めて見た。真っ赤な着物の上にゆるく、肩にかけずに腕の部分で羽織っていると言った方が正しいような。模様は暗いので分からないが何色も月明かりで己を主張するかの如く輝いている。帯は黒で金の模様が施されている。セミロングの黒髪に黄金色の簪と呼べるのか。扇状の、幾つもの髪飾りをつけていて服装だけなら江戸後期にいたとされる太夫を思わせた
だが顔つきが違う。空気が、すべてが。これは人なのだろうか

「貴様、だれだ」
手に持っていた銃を構える。銃口を向けるは勿論、眼前の女だ。この時代にこんな、文献に出てくるような衣類を纏って人ならざる気配を漂わせているのだから(ボンゴレの超直感がそう、告げている警報を鳴らしているのだ)手にじわりと汗が浮かぶ
「わたしを知らぬのか童よ。知識がないな。これならば分かるか」
そう言った女は(誰が知識がないだ)ふわり、と足をついていた地面から浮いてみせた。なんかの悪い冗談だろう、人間じゃない奴と戦えというのかおもしろい
「我が名は鴉天狗である」
ばさっという音がして女は空を覆わんとする漆黒の翼で羽ばたいた。天狗と言えば完全に人ではないではないか。戦うのに十分価値がありそうだ。思えば羽を狙ってトリガーをひいた


鴉鳴く頃童の命は危うく