誰もいないような気配の無さに加えて暗い、くらい部屋。壁に磔にされたように静かに、だけどその大きな存在を主張するキュリオケースには白に濁った黄色が混じったような。眼球の入っていない薄暗く果てしない闇のような空洞は硝子越しに部屋の中を虚しく見つめているばかり。剥き出しの歯もそれぞれに形が違っているの、部屋の主は楽しそうに硝子越しをうっとりしながら肉が完全に削げ落とされ磨かれた幾多もの頭であったそれを見つめながら言った。目が虚ろになって生きる気力が感じられない。そう、長くないだろうと隣で微笑む女を見て確信した

この部屋に来るのはなるべく、避けたい。別に部屋の主であるが不気味で恐ろしい、とかそんなクズが抱くような理由ではなく(現にこの部屋を訪れる者は俺とメイドくらいになってしまった)単純に入る際に幾多の頭蓋に見つめられる形になるのがイヤなのだ。よくこんな部屋で支障なく生活ができると思う(ちがう、支障だらけで気が狂ってしまっているのだ)暗闇に慣れておくのは暗殺者として鉄則なので私生活からそれを行っているのは良しとしてもこの陳列された頭蓋はどうにも、好きになれないしこの部屋を暗く闇に覆っている理由が理由だ
「どうぞ、立っていないでお座りくださいまし」
人形のように、ぎこちなく笑いギシギシと音をたててもおかしくないような動作で腕を上げ、人差し指で気品ある白い、大きめのシートソファをすっと指した。ぎい、ぎい、と木製で背もたれ部分に骸骨の死神が大鎌を持ち、口に人間の頭(まだ肉も眼球もついている)を咥えこんでいる絵がロッキングチェアに掘り込まれている。腕を乗せる板の端には座っている女の華奢な手には握りやすそうな頭蓋があり、オーダーメイドで作ったであろうことが容易に想像できた。部屋中に木霊する苦しそうに、泣くようにゆらゆらと揺れている椅子に座りながら膝に犬だか猫だかを置いてるようにして絶えずなにかを撫でている。その手付きは非常に、赤の他人が見たとて慈しむような、慈愛に満ちた手つきでそうっとそうっと撫で続ける
暗闇に慣れている自分だからこそ見える撫でられているそれはが愛した、いや愛している男の首だ。切断されたばかりのときはの、血が通っていないような太腿の部分がどす黒い赤に変色しており、部屋は鉄分を含んだ血液の臭いで満たされていたが(鼻がおかしくなりそうなくらいのにおい)その臭いの半端ないことから首から下が放置されているのは明白な事実ではそんな生臭い部屋で半狂乱になりながら頭蓋が笑うようにケタケタ笑っていた。いま、その時に異臭を放っていた肉体は手厚く埋葬しておいた。あんな、恋人に殺され放置されて腐っていくなんていう形で終わるのは本人としても忍びないことこの上ないだろう。それからは身体の一部である頭蓋をそのままにしたいと言い出し、好きだった男の髪の色がいいと言い出して頭蓋を金箔で固めてしまった
「ごめんなさいね、ザンザス。こんな不気味な部屋にまで来させてしまって。みんな此処には入りたがらないから。来てくれるのはあなたと清掃するメイドさんくらいだわ」
ふふっと、精気をなくしきった声で静かに笑うのを見てどれだけあのカスは落胆してしまっただろうか。いつもいた筈のメンバーが二人も減ってしまい、落ち込んで寂しがったのは他でもないマーモンだった。いなくなってしまった二人はマーモンにとって大切な友人であったのだからそれは当然とも言えるだろう
「今回の仕事だ」
持ってきていた書類をバサッとダイニングテーブルに投げ出せばするするっと蛇が這うが如く指が伸びてきて硬く薄く、なによりも壊れやすい書類をぱらぱらと捲った。二組で行う今回の任務はとマーモンでやらせることになっている。同じ文面の書類をマーモンに渡したら黙って部屋を出て行ったがその後、扉に背を預けながら静かに小さな赤ん坊の背中が震えていたのは知っている
「了解したわ、ザンザス。ね、ベル」
カタタタ・・・歯肉がなくなってキュリオケースに入っている頭蓋と同じ色をしてしまっているベルはその音をロッキングチェアの旋律と重なるように虚しく室内を満たす。しししっと歯から息を吹きぬかせるような笑いではなく、ただ歯がぶつかり合って奏でられる音が空虚であり、以前の部下を思い出してあまりの変貌に時の流れを実感する。華が咲いたときに見せる神秘的な生命の力強さと色を生む微笑を浮かべていた笑顔はもはや見る影もなくなり頭蓋と同じような、まさに彫られた死神と同じように笑うは痛々しい
「わざわざ来てもらって悪いわ。お茶でもどうかしら」
「いや、いい。すぐに仕事に戻らないといけない」
「あら、残念だわ」
すっとソファから身を立たせると後にもすっくと立ってみせた。小さく色を失ってしまった両手にはベルの頭蓋が優しく握られている。ひたひたと素足でフローリングを歩き、暗闇からの出口を開けば燦々と輝く太陽。呻きながらも俺を送り出そうと包み込むような日差しの筈なのに焼き付ける太陽だと言わんばかりに目元を腕の裾で隠しながら小さく「またどうぞ」と言った。硝子の中に閉じ込められた幾多もの頭蓋は以前、自分を捨ててきた血縁者の者だと言った。いつでも一緒にいられるように頭蓋だけを収納してあるの、と死に行く人の笑顔を見せつけながら言うのだ。ヴァリアーの部下でも俺はを気に入っていた。騒ぐわけでも無口なわけでもない、傍にいる人間の気持ちを汲み取って必要としている動作を即座に行っていたが、気に入っていたのだ。そんなコイツをベルは好きになって、何度かアイツは俺の傍に仕事上いることの多いについて聞いてきた。だからどれ程、付き合って二人が幸せそうに笑いあったかを知っているつもりでいる。いつだっただろうか、結婚した後にベルがこの部屋を出て他の場所で生きていくと決めた、言われた直後の不安と後悔、様々な負の感情が入り混じったこいつの顔に気気付くことができなかった。時は戻ることを知らずにただただ進むことしかしない。開け放たれた扉の前でひらひらと手を振りながら頭蓋を持って死んだように笑うを見てもう、そんなに多くの回数この場所に来れないことを超直感は知りたくもないことを知らせている


暗闇に逃げて愛する人は頭蓋