よく笑い、よく哀しんで、よく愛することをする。靡く黒髪を風に遊ばせて、目を細めて緩く笑うとそこに大輪の花が咲き乱れたような、錯覚を起こさせた
お祭り騒ぎきみ葬式
国で一番偉い王族の住まいである、古城と言った方がいいだろう。流れた年月は自分の住まいを風格あるものにした。だからと言って部屋が古く、かび臭いのかと言えばそうではない。はオレの部屋に来ては、ベルの匂いだと意味わかんないこと言いながら人の部屋で暢気にくつろいでた。オレのお気に入りの椅子に当然と言わんばかりに座って笑う。他の、以外のやつがそんなことしたらマジ殺すけど、だから、だからこそ許せるし、が笑うから、そんなことでも嬉しくて、笑った後の僅か瞬間に花が、色とりどりの花が咲いたように思えてしまうのだ
窓際に座る。体は透明の硝子にもたれかかって、意思と無関係に外の様子を伺う瞳。黒く、辛気臭い服を着ながら影を落とした表情で静々と列は乱れず柩を運ぶ
見送る奴らは白い花を道に投げ、名も知らぬ子供はああ、泣きそうな顔をして眠るのゆりかごに白をたむけるのだ
初めて、深い眠りについた
を見たときに、現実を否定したくて柔らかな頬に小刻みに震える人差し指と中指で触れると真夏に水遊びしたときの、流れる汗をひっこめるような冷たい水と、同じ温度で。そのくせ寝顔が苦悶の表情なんぞではなく、どこか落ち着いた、悟ったような笑顔で。花は咲き乱れず、静かに一本、ひっそりと咲くような笑顔なのだ。どうして守ってやれなかったのか、オレは花を枯らしてしまった。あんなに咲き乱れていた無数の花たちは萎れ、色を失い、ぐにゃりと曲がって花弁を寂し気に一枚、二枚とざらつく硬い地面に落下させた。残った最期の白い花は水滴の重みに逆らわず一線の滴を流し咲いていたのに、それに気付くことをしないで咲き乱れた花ばかりを見ていたオレは愚かだ。結局、大切なものは何も手元に残ってはいない。病に伏せっていたときに自分は他の命を刈り取っていたのだから笑ってしまうではないか。小さな背中を数えるくらいしか摩ってやることができなかった。ベッドで寂しく、病魔に震えながら不安な夜を過ごしているときに自分はなにをしていたのだろう。刈り取ることは楽なのに護ることはどうしてこんなに難しいのだ。おかげでを手放すことになってしまっ
た。一度、冷え切ったを目の当たりにしてから会うことをしなかった。恐ろしいじゃないか、愛する人になにもできなかった。そんな自分が会いに行くなんて、恐ろしいんだ
窓際に座ったまま一度、溢れた涙は留まることをしなかった。なにができた、自分はにどれだけのことができたと言うんだ。我が儘なことばかり言って何度、困らしたんだろうか、哀しませたんだろうか。涙はとまらなかった。好きだ、のことがただ、好きで。あの日、あのとき、もっと愛を囁いていればよかった。後悔して流す涙はとバカ笑いして流したものよりも塩っぽくて、重たかった
「ベル、どうして泣いているの」
「がオレを置いて勝手に死んじゃうからだよ」
最期に会ったときに着ていた白い服とはまた違う、が好きなワンピースを着て笑っている。花が、咲く
「そんなこと言われても…人はいつか死んでしまうんだよベル」
諭すように。オレの頭を空気みたいな温度がない、本当に温かくも冷たくも、なんにもない手で愛し気に撫でてくれた。やめてくれ、そんな優しい手
「いつか人は死んでその死骸を動物が食べ、残された養分は
大地に還り、こころは一番、愛した人の元へ帰るんだよ。だから…」
頬を伝った涙は溢れ、流れるばかり。こんなに泣いたのは初めてではないだろうか。熱い涙を白く血の気が、温度がない細い指が拭う
「人だけだよ。肉体が腐ってしまい、還らないのは。だからベル、お願い。あたしの肉体は柩ごと燃やしてしまって。そうしたらあたしは風になれる、ベルのこころに還れるの」
にこっと笑ったを見ても嬉しくもなんともない。嬉しくない。やめろ、思った矢先に花はみるみる萎れ、茶色へと。もう、やめてくれ
「ふざっけんな!勝手なことばかり言いやがって!還るだとかわけわかんねえよ!は生きるんだよ、生きてオレの傍にい」
だまる。つう、白い花が一つ、涙を流したのだ
「それじゃあ、こうしよう。ベルがあたしを火葬した場所に毎夜、白い花を手向け、夜から朝方まであたしを待っていて。十年後まで、それが行われていればあたしはあなたのもとに再び戻るわ」
ね、だから泣かないで。指切りはしないけど、あたしから、このティアラを誓いとしてあげるわ。そしてもし会えたらそのときは
「キスしてくれた
ら嬉しいな」
走った。自室を飛び出して大理石の床を蹴り上げて目一杯に走った。泣くな、なんて惨いことを言ってくれるなは。今だけくらいは目をつぶってくれよな
「待て」
葬列が止まる。柩を埋めるために掘られようとしていた地面はまだ、爪痕を残していなかった
「の遺体は燃やす。火葬にするよ」
盛大に燃えるオレンジは揺れながらの眠るゆりかごをたやすく飲み込んでしまう。あそこでが、燃えているのだ。柔らかな肌がどろりと溶けて、そうして硬い骨だけが残るのか。いや風となるのだったか。どこまでも昇り上がる紅蓮を見ながら立ち尽くす。こんな日に限って鎮魂歌は降り注がずに悠然と青空は広がっている
愛でていく日か。火葬した場所に白い花を手向け何本目になるのだろうか。わからないくらいに雪が降り積もり花を飲み込む日も、雨が降って色を混ぜ合わせ流す日にも、月夜が出て慰めてくれた日にも。オレは来ていたのだ。いい加減、を愛し失った際に溢れるだけ流した日からどれほど年月が経つというのか。最初は十年など、早いものだと思っていたが、短くなんぞなく、俺の身長は
あのときとは歴然の差になり、顔にあった子供特有の丸みやあどけなさなんかもう、ない。地面を見たら自分の履いている白と黒のブーツは随分と下にあり、誓いのティアラは小さく、申し訳なさそうに俺の頭に乗っている。流れた月日の長さを痛感するしかないだろう、あと一体幾度、あと何本花を手向ければいい。頭を下げて無力な自分の足元を見た。そうしたら頭上でちいと何かが鳴くので天を仰げば真っ白い鳥がいた。優雅に雪のように白い両翼を羽ばたかせ、嘴にある花を持ちながらもう一度ちい、鳴く。つうと一粒、雨が俺の目尻にあたり、頬を伝って流れていく。純白の脆そうな鳥はすいとこちらに降下し俺の黒い上着に水晶のように透き通った、ツルツルの、足であるそれでしっかりと掴む。と同じ茜色をした瞳でじいとこちらを見つめる
「おかえり」
自然とちい、鳴いていたのは俺だった
空を滑るように二羽の鳥が羽ばたいている