誰もが笑っているように見えよう、だがそれは蓋をしているからに他ならない
笑む理由を知らないからである。無知故に得られる幸福である
笑う過程にどれほどの命が散ったであろう。どれだけの者が声も出せずに涙を流しただろう
佐助は平穏すぎる日常を心から感じれば感じるほどに指先を見つめる
耳の奥に甦る断末魔、誰が理解出来ようか。これをどうやって治めろと言うか
蝕まれる仲間と共に傷を舐めあって自身を慰める他、彼らは術を持たなかった
だが悲しいかな、十勇士が長である彼がそれを行うことは想像を絶することである
傷を舐めあう彼らにそのような情けない姿を晒してしまうのは今後の士気に関わるからである。彼はまだ、忍の長なのだ
彼の胸中を誰も知ることがないまま時間は過ぎていくかのように思われた
しかしだけはその異変と真っ直ぐに向き会っていた。佐助自身、背を向けていたそれに彼女は誰より、当事者である彼よりも向き合っていたと言ってもおかしくない
さり気なく、蝕まれていく彼を躊躇いのない手で包み込むのだ
全てが色褪せてしまう前にと
彼が振り返ってしまう前にと
彼女は眉尻を下げて微笑んでは包み込んだ
それでも彼を侵食する声と臭いは衰える事はなかった
見えないそいつらは嬉しいことも悲しいことも佐助から奪ってやろうと手を伸ばすのだ
彼女は聡明であった。伸びてくる手から健気に、そして懸命に彼を護ろうと深い愛と言葉を注ぐのだ
だがそいつらは強かった
遂には彼女の傍を離れようとした彼を必死になって止めた。必死、だったのである。その時のには佐助の僅かな表情の変化に気付くことは出来なかった。それほどに彼をそいつらに渡したくはなかった。渡してしまえば間違いなく、彼は振り返ってしまう
無言の彼は彼女の頬を打った。渇いた音は二人が愛し合った室内に木霊する
「もう構うな」
なんとも言えない表情であった。は初めて振るわれた愛しい人の手にただ見つめ返す
もし、ここで彼を行かせてしまえば二人はつまらない終幕を向かえるのだろう。熱くなる目頭に力を込めては声を出す。震えていた
「さよならする時はおじいちゃんとおばあちゃんになって、でしょう・・・?」
終わらないものなんかある筈がないんだけどさ、俺様達の愛だけは終わらない気がするんだよね
そうやって信じたくなっちゃうじゃない
だって俺様を抱く手がこんなにも愛しくて仕方ないんだからさ
彼はいつだって飄々とした態度で人と当たり障りなく付き合ってきた
へらへらと笑って相槌を打てば相手は気を悪くしないことを知っていた
平然と軽口を言ってのける彼がどうして
彼女に対してこう言った時は
はにかんだように笑っていた
言った後にが同じようにはにかんで
同じように頬を朱色に染めさせて
それを見ていたら言ったことが急に恥ずかしくなってきたのか
音もなく隣から消えた佐助
それにやっぱりはにかんで笑う
(天井裏で悶えているのは愛しい私の佐助さん)
蝕む音から
おかしくさせる臭いから
私があなたを護ってみせるよ
ただの女なんかじゃないんだ、秘密にしていたんだけど
武術も、忍術も、大した学もないけれど
あなたを愛することに関しては一番な私だから
もしかして恥ずかしいこと言っちゃってる馬鹿な女とでも思ってる?
いいじゃない!どうせ私達の愛なんて馬鹿みたいに深くって恥ずかしくって
でもそれが嬉しくてたまらないやっぱりばかな私です
投げつけられた白い衣に彼女は口を開くことなんかできるはずもなかった
力を込めていた目頭から大粒の涙がぼろりと落ちた。それを拭ってくれる手は目の前にあるのに触れることはない
「一人ですぐにでもいっちまえ」