橙色の髪を見つけた瞬間にの喉がひくり、とした。だが哀しい事にそれを橙色の彼も、本人さえも気付かなかった
寒い日である。おまけに風も強い日。陽は、出ていない
「佐助」
彼女は男の名前を呼んだが反応はなかった。二拍置いて彼女は再度、名前を呼んだ。反応は、ない
鬱葱と生茂る木々は風に揺られてざわめく。風は強い、呼ぶ声は弱い
「さすけ」
彼女の声は震えている。彼はそれに気付いている。だが反応はないままである
息苦しい沈黙が流れる事はなかった。言葉が交わされることもなかった
どれくらいその状態が続いたかはわからない。しかし既に風は冷たくなっていた
それでも彼女は彼からの反応を待っていた
身に纏ってるのは心ない彼が贈った白単衣である
それが自分が贈った物であると佐助は分かっていた。分かっていたがまさか彼女がそれを身に付けて自分の元へ来るとは分かっていなかった
戦国乱世は終わった
終わってしまった
皆が渇望した泰平が訪れたのである。誰もが顔に喜色を滲み出し、誰もが生きていることを喜んだ
佐助も「誰もが」の一人であった。だが彼は忍であった、悲しいほどに
彼は理解していた。この泰平の中、やはり自分は人を殺めなければならないことを
乱世が終わろうが泰平の世が来ようが戦というのは何処にでも存在する。それを治めることを生業としている彼はやはり、その身を血に染めるのだ
しかし、以前のように大きな戦というものもなかった。刃が交じり合う音も、何処かしこから聞こえてくる断末魔も懐かしいものとなってしまった
そうして彼は、彼だけでない多くの者が折々、発作的に苦悩するのだ
あまりにも緩やかな時間は彼らを追い込んだ。そうするには十分すぎる程、安寧だった
脳裏に蘇る刃が交わる際の火花、何処からか聞こえる断末魔、漂ってくる火薬と血の臭い
それらは人をおかしくさせた。幾人の者が発狂してはその命を散らした。彼らは戦場と死者に呑まれたのである
鬱葱とした木々、その上にて十勇士が長、猿飛佐助もまた、呑まれてしまいそうであった
「泰平の世をと共に過ごせるように」
彼は以前、そう言っては戦に身を投じた。それが彼女のためか、はたまた彼のためだったか今となっては知る由もないところである